「下田昌克 コザ大恐竜博」開催記念トークイベントレポート

2017年12月9日(土)から2018年1月14日(日)まで、沖縄県沖縄市のプラザハウスショッピングセンター3階、ライカムアンソロポロジーにて「下田昌克 コザ大恐竜博」が開催されています。

展示されているのは下田昌克がキャンバス地で作り出した恐竜の立体作品と、壁一面に描かれた恐竜に谷川俊太郎の詩が寄せられた絵画作品の数々。2014年から雑誌『SWITCH』で20回にわたって連載され、書籍化された『恐竜がいた』に登場した恐竜たちが、沖縄に大集合しました。

開催初日、会場では下田昌克に加え、連載で撮影を担当した写真家の池田晶紀、沖縄での展示会開催の機会を設けた垂見健吾、そして『SWITCH』編集長の新井敏記の4人がクロストークを行い、恐竜たちの誕生秘話や、沖縄で展示会が開催までの経緯が語られました。


■恐竜の誕生

――まずはじめに、恐竜を立体で作ろうと思ったのは何がきっかけだったのでしょうか。

下田: 2011年に、東京の上野で開催された大恐竜博を見に行きました。子供の頃から恐竜が大好きだったのですが、久しぶりに見た恐竜の骨格標本がすごく格好よかったんです。ミュージアムショップで恐竜グッズを買おうと思ったんだけど、その時はなんだか欲しいものが売っていなくて。だから、家に帰ってきて、絵を描くためにたくさん持っていたキャンバス地を使って、恐竜の角や顎を自分で作っていきました。組み合わせていくとだんだん自分の頭のサイズのマスクが出来上がって、それを被った時に、絵にはない興奮があったので、楽しくなっちゃって、ずっと遊びで作っていました。

――いままでにどれくらいの恐竜たちを作りましたか。

下田:50体以上はあると思います。6畳間の作業場で作っているんですが、骨の詰まった墓場みたいになっています。

――その恐竜たちと、『SWITCH』の出会いを教えてください。

新井:『SWITCH』で連載する前に、違う雑誌で掲載されていたんです。でもその企画、元々は『SWITCH』に持ち込まれていたそうで。

下田:そうなんです。僕も、詩を書いてくれた谷川俊太郎さんも、掲載するなら『SWITCH』がいいなと思っていたのに、最初に企画を持ち込んだら断られちゃったんですよ。

新井:他の者が担当していたみたいなんだけど、その時はご縁がなくて。僕はその話を知らなくて、他の雑誌に掲載されていたその企画を見て羨ましいなって思ったんです。谷川さんの詩が素敵で、下田くんの作品もすごく自由な感じがした。だから、それを下田くんに伝えたら、『SWITCH』に企画を持ち込んだ時に断られたっていうからびっくりしました(笑)。キャンバス地を縫う作業ってすごく大変で時間もかかるのに、どんどん生み出していく下田くんの荒唐無稽さや無邪気さ、そこから生まれる美しい恐竜の骨のフォルムを、『SWITCH』でもっと再現したいな、と思って連載を始めました。

――誌面に掲載される時には、そのキャンバス地の恐竜を下田さんが被って、それを池田さんのスタジオで撮って、それを印刷して、その上に下田さんが恐竜の絵をまた描いていくんですよね。

池田:そうですね。黒い背景があって、その前で下田さんがキャンバス地の恐竜を被ってポージングをする。それを僕が撮影して、プリントして下田さんに渡します。僕の役割はそこで終わり。その真っ黒い中に白い恐竜がポージングした状態の写真に、下田さんがさらに絵を描いていく。そして谷川さんの物語が加わる。そうやって物語の連鎖ができていくので、どうなっていくかわからない、というところが面白かったです。

下田:実は、谷川さんは出来上った写真を見ずに詩を書くんです。そうじゃないと、詩と僕の恐竜が近づきすぎて良くないから、と。今回はこの恐竜にします、というテーマだけお伝えして詩を書いてもらっていました。

池田:ビジュアルが強すぎて、想像できなくなってしまうんですね。

■恐竜が沖縄にやってきた

――「恐竜博」が沖縄で開催された経緯を教えてください。

下田:沖縄で活動する南方写真師・垂見さんが、恐竜と沖縄を繋いでくれました。実は、垂見さんは僕が恐竜を作る前から沖縄で展覧会をやろう、とラブコールをくれていたんです。

垂見:そう。下田くんは、親子くらい年が違うんですが、桑沢デザイン研究所というところの後輩にあたるんです。でも、下田くんの描いた似顔絵を見た時に、感動してびっくりして、この人になりたいなと思っちゃった。

下田:それで、たまたま共通の知り合いがいたり、SWITCHも共通の仕事場だったから知り合いました。

垂見:僕が撮ったチベットの写真を『SWITCH』で連載していたことがあったんです。下田くんもチベットを旅していたことがあったから、その写真をどうしても欲しいって言ってくれたんだよね。それで、じゃあ僕の作品と君の作品を交換しよう、という話になって。その時に下田くんがくれた、紙で作った鱗のついた立体の魚、今でも大事に持っていますよ。そんなこともあって、沖縄で彼の作品を見てもらいたいってずっと思っていました。それからなかなかチャンスがなかったんですが、数年前に渋谷パルコで下田くんの恐竜の展示があった時に、ものすごく感動して、このまま沖縄にも持ってこれないかな、と思った。そこで、会場であるこのプラザハウスにお願いして、ついに開催が実現しました。会場も広くて、構成も素敵です。ありがとうございます。

――会場の外に、垂見さんの黒い車が置いてあります。そこにも下田さんが恐竜の絵を描いてくれて、とっても格好いいです。

■下田さんの旅

――先ほど、旅の話が少し出ましたが、下田さんは世界中を旅されています。街の風景や、出会った人々を描いていて、今回はその肖像画の作品も展示しています。下田さんが旅を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

下田:サラリーマンになりたくて就職して、働いたけど色々うまくいかなくて、25歳の時に働くことを一回諦めました。それでアルバイトをしてちょっと貯まったお金で、初めての海外旅行に1〜2カ月行こうと思って旅に出たんですが、気づけば2年間旅をしてしまいました。日記とか書くかな、と思ってスケッチブックを持って行って、向こうで出会った人とかを描き始めて、そうしたらチベット人がすごい褒めてくれて、彼らに見せるためにずっと描いていました。

――下田さんの人柄を表すエピソードがあります。チベットで子供の肖像画をいっぱい描いたそうなのですが、日本に帰国後、彼らにそのあげたくて郵送したそうです。ただ、チベットの郵便システムが良くなくて、一年経っても届かなかった。そこで、もう一回チベットに赴いてこの作品を人々に手渡しました。その時の、ちょっと大きくなった子供が、一年前の自分の肖像画を持っている写真があります。そういう触れ合いや交流がとても下田さんらしいですよね。

新井:そう。谷川さんと下田くんと3人で旅をしたことがあって、下田くんは旅先でいろんな人を描くんですね。その時の勢いがすごくって、描いてもらっている人がどんどん笑顔になっていくんです。一心不乱で手が走るように描く下田くんの様子が、見ている谷川さんの心も揺らしました。

――この展示会期間にも下田さんに似顔絵を描いてもらえる機会があります。

新井:描いてもらえるのってすごい楽しいし、自分の顔を絵で表現してもらうことってあまりないから、すごく良い機会だと思います。

――下田さんには、この展示会が始まる一週間ほど前からコザに滞在して準備をしていただきました。その時に描かれたコザの人々の絵も、会場に展示しています。

下田:コザでの一週間、おもしろかったですよ。食事に行ったら、突然話しかけてくる人がいて「おれはただの禿頭じゃないよ」とかいう自己紹介をされたりして。なかなかコクのある人がいっぱいいます。

垂見:那覇とはまたちょっと雰囲気が違うんだよね。

新井:ワチャワチャ、ワサワサしているというか。面白い街です。下田くんは、旅先のどんなところにも入り込めるんです。この展示会で下田くんがここから1カ月ほどコザに滞在するので、また、そういう出会いが作品になっていくのかなって思うとすごく楽しみです。


下田昌克の、様々な旅の出会いや想像力から生まれた恐竜たち。その姿は私たちを時空を超えた旅に誘ってくれます。会場では今後も、下田昌克によるライブペインティングや子どもたちと一緒に絵を描くワークショップを開催予定。会期中、ぜひ足をお運びください。

▶︎「下田昌克 コザ大恐竜博」詳細

▶︎谷川俊太郎 下田昌克『恐竜がいた』

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