【Coyote No.63刊行記念】写真家・串田明辧Coyote・新井敏記トークイベントレポート 2page

新井 お二人は普段はどのように一日を過ごされていたんですか?

 まず、朝起きるとお義父さんが酒屋さんがつけるようなキャンバス地の前掛けをつけて、床掃除をしているんですよ。「作家仕事が主で、あまり運動をしないから、これが僕の運動なんだ」って。私はそういったものを掃除のときに身につける感覚がなかったから、それをみてすごく格好良く感じた。

新井 ダンディですね。

 お義母さんが用意したご飯を二人で食べ終えると、お義母さんは新聞を読み始める。朝日新聞やら毎日新聞やらいろいろな新聞が全部あって、それに一通り目を通すんです。お義父さんはすっと書斎に消えると、『幸福論』などのアランの著作を原典で読み始める。それが日課なんです。

新井 フランス語で。哲学者の顔を見せる時間ですね。

 15時頃になるとお義母さんが「お三時にしようか」って、ちょっとしたお茶の時間があって、それを終えるとお義父さんはまた書斎に戻っていくという感じですね。そして、ときに植物図鑑を持って二人で出かけたり、何かを夢中で追いかけて教え合ったり。その様子は、友人の作家がエッセイの中で「大学生のようだ」と表現するほど。

新井 そんな話を聞くと、なんだか串田孫一さんが美枝子さんの掌でゆるやかに遊んでいるような情景が目に浮かんできます。素敵ですね。

 でも、男とはそのようなものなんじゃないですか。

新井 そうですね、そうかもしれません(笑)。

■孫一さんの写真術

新井 今回明劼気鵑亮命燭鮨多く掲載しましたが、串田孫一さんは写真に撮られるのが上手というか、どのお写真の姿も非常にダンディですよね。中には“格好良すぎる”ものもあるというか。

 確かに。広告や雑誌などさまざまな媒体で、いろいろな方に写真を撮られてきたので、写真に写る自分の姿というものは意識していたのかもしれません。

写真:串田明

 串田家には1月2日に集まるという習わしがあって、この写真も1月2日に撮ったものですね。家族が集まって団欒していたら、お義父さんがすっといなくなったんです。それで、「書斎に行ったな」と思ったので、しばらくしてから書斎にお邪魔して写真を撮って良いですかって訊いたら「いいよ」って言ってくれて。「こっちを向こうか?」って、こっちを向いてくれるだけでなく、ライトをクッと自分に向けて「少し明るいほうが良いかな?」って。

新井 いなせというか、可愛いというか。

 自分からどんどんって感じよりも、「……しようか?」って優しく訊いてくれて。横にあった膝掛けを広げて「冬らしく膝にかけてみようか?」みたいに。

新井 この写真を見ると、机の上に万年筆のインクの空き箱がいくつもあったりと、細部にこだわりのようなものを感じます。細部に神は宿るという言葉がありますが、使い物にならないもの、使い終わったものにも愛着を持って接している様子がこの写真には現れている。

 串田家はみんな捨てられない人たちなんですよね。よく分からないものを大切にするというか。

新井 例えば?

 バニラエッセンスの空き瓶。“月夜のボタン”じゃないですが、なにか思い入れがあるんでしょうね。自分だけの物語というか。

新井 でも、それは串田孫一さんの文章などを読んでいると、すごく活かされている感じがするんですよね。そういった細かなものや、ちょっとしたものを観察し、生き生きとした断片紡ぎ出す。そして、“書く”というより、そういったものが熟成されて浮き出てくるのを待っていたような感じを受けます。

 ピンとくるもののポイントがちょっと違うんでしょうね。


■孫一さんの文章の魅力

新井 串田さんのエッセイを読むと、ある種“当たり前のこと”を書いているにも関わらず、なぜか心に沁みる不思議な魅力がありますよね。

 たぶん、お義父さんファンの方の大部分は、同じような感覚を抱いていると思います。山について書いたことはもちろん、日常なんでもないものを見て感じたことを書いたこと。多くの人が日常感じているけれど、言葉に出来ないものを、難しい哲学用語ではなく、とても分かりやすい美しい言葉で描き出してくれている。そのようなものを読むと、何年も前に書かれたものでも、まるで“自分のために書いてくれている”かのように感じてしまうんですよね。

新井 心を鷲掴みにされるよね。『山のパンセ』のような作品が何年もの間読み継がれていたり、「新選」として新しく本が生まれるのは、串田孫一さんが繰り返し読者に問いかけている思いが読み継がれているからでしょうか。それゆえ、10代、20代、30代と読む時期によって感じ取り方や変わって、何度読んでも新鮮さがある。

 お義父さんの言葉はとてもシンプル。考えていなかったようで考えていたことを、上手に掬い上げてくれる。ただ、小難しい専門用語を使った理論のようなものより、まさしくそれこそが“哲学”なんだとも思うんですよね。


日常のなんのことがない些細な事柄から、山や自然といった大きなものまで。世界を丸ごと受け入れて生きる楽しみを、言葉や絵、音楽などさまざまな表現で、その魅力を教えてくれた串田孫一さん。ファンはもちろん、今まで串田孫一さんの作品に触れたことのない方も、ぜひ『Coyote No.63 串田孫一のABC』を手に取り、彼の綴った言葉を読んでみてください。平易に書かれたでも大切なこと、もしかしたら、それは“あなたのために書かれた言葉”かもしれません。


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