【特別対談:写真家・池田晶紀×SWITCH編集長・新井敏記】第1回 「自然」に焦がれて


8月29日から9月10日にかけて南青山のスパイラルガーデンにて写真家・池田晶紀さんによる初の大規模個展「SUN」が開催されました。近代的な美術館を思わせる広々とした会場を大胆に使い、1枚1枚大きく、そして丁寧に展示された写真の数々。その対象は自然の風景や人工的な水草水槽、動物とさまざまなものの、テーマである「自然」という言葉によって不思議な統一感を持ち、子どもから大人、一般人から芸能人まで会場を訪れた多くの人の心を魅了しました。ここではその会期中行われた池田さんとSWITCH/Coyote編集長・新井敏記によるトークイベントの模様をお伝えします。



新井 今回の池田くんの個展「SUN」に展示されている作品の中には、SWITCHが関わっているものも多くありまして。特に僕の記憶に残っているのが2011年8月に発売した『SWITCH Vol.29 No.9のニュージーランド特集』の取材の際に、池田くんと画家の黒田征太郎さんとともに、ニュージーランドを旅したときの作品ですね。

池田 あれがもう6年前なんですね。

新井 ちょうど2011年9月に開催した池田くんの個展「DOUBLE NATURE」の準備をしていた時期でしたね。とても記憶に残る旅でした。その後も、雑誌『Coyote』の連載「水草物語」や、ともにフィンランドを旅した『Coyote No.60 SAUNA for Beginners』など、何年もかけて池田くんとともに色々な特集を作ってこれたのは僕らにとっても非常にありがたいことです。今回の個展開催、本当におめでとうございます。

池田 ありがとうございます。本当に光栄です。今お話にも出たのですが、ニュージーランドに一緒に行ったときの旅が、本当に忘れられないんですよ。特にフィヨルドランドで見た、霜降りのお肉にも似た山脈の稜線。セスナに乗りながらこの光景を目にしたときはびっくりしましたね。「地球の夢を見たな」って気持ちになって。

新井 地球の夢を見た。

池田 そう。そのセスナから撮影した写真に関して、ものすごいことが起こったんですよ!ちょうど着陸直前に撮影した写真だったと思うのですが、あそこに展示されている抽象絵画のようなちょっと不思議な写真。先日、あの写真の前に一人の美しい外国人女性が立っていたんです。その様子があまりに美しいので、後ろでその様子を眺めながら、つい「ああ、故郷を思い出しているんだねえ」って口に出してしまったんですね。そうしたらこっち振り向いて、「そうなんです!」っておっしゃられて。先入観で日本語が通じないとばかり思っていたのでびっくりしましたよ。日本語がペラペラのニュージーランドの方だったみたいで、聞けばここ実家だったそうで! 

新井 それはすごい。まるでニュージーランドにまた来いよと呼ばれているようですね。

池田 もう地元だったので、すぐに分かったそうです。その後はお互い興奮してしまって、展示とお互いの場所を行ったり来たり。最終的には、その子が持っていた他の方へのお土産であろうお酒までもらっちゃいました。「イケダさんにあげます」って(笑)。

新井 それは嬉しいねえ。彼女にとっても忘れられない出来事になったと思う。でもこの写真も、現地では比較的よくある自然の風景じゃないですか。その場所が一目で自分の故郷だって分かるってことは、この写真には人を惹きつける何かが秘められているということではないですかね。それは大事なことです。


写真・池田晶紀


新井 会場には自然の風景も展示されていますが、「水草物語」でおなじみの水草水槽の写真も展示されています。僕は自然の風景と水草水槽の展示が隣り合わせで展示されているのを見て、悠久の自然と人工の自然というものは実は近しい存在なのでは、と改めて気づかされました。思えば「水草物語」は毎回“自然と人間の窓”を感じさせてくれる。でも、会場で配布されているフライヤーを読むと僕と池田くんには自然に対する姿勢にちょっと異なる点があることが分かりました。

池田 どういった点ですか?

新井 池田くんはここ10年くらいの「自然とは、一体なんなんだろう?」という疑問を紐解くため、自宅に水槽を置き、水草水槽にハマっていくと書いている。自然の構造というものを自ら分析していくじゃないですか。僕は悠久の自然、例えばオーロラなどを見たとしても「ああ、またあの風景に出会いたいな」と行ったり来たりを繰り返す。自然の中に関わり込もうっていう思い付きが無いんですよ。自然を取り入れるっていうよりは、自然に寄り添って、“いただく”ことで満足してしまって。自身が関わりこむよりもむしろ、エッセンスを抜き出したり、自然を舞台に色々な物語を紡ぐ人に出会って、その人に憧れを抱いて、それを雑誌の形にする。たとえばSWITCHやCoyoteで何度も取り上げている星野道夫のように。そこにはあくまで僕が編集者として、傍観者として見ていたいなという思いがあるんです。だからこそ、池田君が自然を「取り込もう」っていうのがめちゃくちゃ面白くて。

池田 僕はもともと絵描きになりたかったんですよね。画家の棟方志功さんは風景画を描くときに風景に向かって「ありがとうございました、ありがとうございました」って言うんですよね。頂戴するっていう感覚で。山の風景の一部を切り取ってでも持って帰りたい、所有したいんですよね。あの所有欲っていうのは、ある種のロマンのようにも思っていて。それを僕は絵描きにはなれなかった分、水草水槽で植物を植えていくことによって、自然をある種の絵の具と見立てて、風景を作れるっていう世界を知った。絵の具を使わない、三次元の風景。しかも生きた生態系を有した絵画だなって思ったんです。

新井 なるほど。

池田 そのテクノロジーの進化にも驚いたんですけど、その頃から逆に自然や伝統文化というものにも目を向けるようになった。急に自然や古いものに逆にセンセーショナルな刺激を感じるようになったんですよね。それまではCGや3Dといった新しい刺激をひたすら追いかけていたんですが、古い物や自然の物に目を向けたときに、「こっちの方が刺激強い!」と感じた時期があったんですよ。画家のモネは病室にいる母親のためにスイレンを描いて部屋に飾っていたそうです。その話を知ったとき、もし現代のテクノロジーがモネの時代にあったとしたら、きっとモネは水槽を作ったんじゃないかなって思って。そのときくらいから自分の中に描いた、世の中がまだ見たことのない自分の観たい風景というものをどんどん膨らませて、絵画にしていこう。そんな欲が自分を埋め始めたんです。そして、その風景を写真に撮ることは2回“ウソ”をつくことになるんですよね。人工的に風景を作るっていうだけで、ウソを一回ついている。そのあと、表現するために写真を撮るっていうウソがもう一度入ってくる。こうやって2回嘘をつけば、ついに本当になるんじゃないかっていう“実験”だったんですよ。

新井 それはちなみにいつぐらいから取り掛かったのですか。

池田 それはちょうど10年くらい前。

新井 じゃあ、「ゆかい」っていう自分の事務所を作ったのとほぼ同時期。

池田 そうですね。そうした試みを始めたことで、カメラという同じ道具を使いながらも、ポートレートや頼まれて撮る仕事といった“みんなに愛される仕事”と“自分だけが楽しい仕事”っていう、2つの領域の境界線をはっきりと分けることが出来たんです。そして、後者に当たる自分が見たいと思うものにゆっくりと時間をかけていこうっていうのが、この水草水槽の始まりだったんですよね。

新井 今回の展示に関してもニュージーランドの山と水草水槽の写真が隣り合っているというのは、ものすごく大胆な配列で。ただ水槽の中に自然があるだけでなく、池田くんが撮る水槽っていうのはときに丘であったり、ときに山が描き出されていたり。「水草物語」を読んでいると、そういうところに野心というか、熱い思いをいつも見て取れて、見事であり面白いと思います。今回のトークではそんな池田くんに改めて自然とは何かということを訊いていきたいですね。


第2回 写真家と父




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