GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.10 羊文学

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第10回は蒼い衝動をスリーピースで打ち鳴らす羊文学

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI 
TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
羊文学の「言葉」「歌」「サウンド」を醸造した30曲


シンガーソングライターに憧れた幼い頃から、バンドミュージックに目覚めるまで――。羊文学のソングライター・塩塚モエカを形作った楽曲たち



INTERVIEW
世界が特別なものに見える音楽を作りたい


今年7月に初めてのアルバム『若者たちへ』をリリースしたロックバンド・羊文学。大人と子供の狭間で揺れ動く様々な感情を言葉に託し、ギター、ベース、ドラムというシンプルな編成で歌い叫ぶそのサウンドは今、若い世代のリスナーを中心に注目を集めている。そんな羊文学がスタートしたのは、ソングライティングを担う塩塚モエカ(Vo&Gt)が中学三年の頃だった。

「幼稚園ぐらいの頃から歌うことが大好きで、小学生の時にYUIさんの音楽に触れて、自分もシンガーソングライターになりたいと思うようになって。だからバンドをやりたいというよりは歌いたいという気持ちのほうが強かったんです。バンド初期はメンバー5人で、私はサブのギター&ボーカルという立ち位置で、チャットモンチー、東京事変、9mm Parabellum Bulletなんかをコピーしていました」

その後、メインのボーカルとギターが脱退し、彼女を中心にオリジナル曲の制作にもトライするようになったという。

「当時は持っていたYUIさんのスコアブックの後ろに載っていたコード表を見ながらいろんな音を弾いてみて響きがいいコードをピックアップしながら探り探り曲を作っていました。でも当時は大したエフェクターも持っていなかったのでギターの音もペラペラで(笑)。音づくりについて意識的になったのは大学で軽音サークルに入ってギターを弾く楽しさを知ってから。その頃から海外のバンドも聴くようになって、歌がなくてもアレンジやアンサンブルで聴かせることのできる面白い音楽はたくさんあるんだということに気づいたんです」

そして、2015年にフクダヒロア(Dr)、2016年にゆりか(Ba)が加入し、現在の羊文学の体制が整うことになる。

「小さい頃は歌いたいという気持ちだけでしたが、いろんな音楽に触れるうちに言葉で説明するよりも演奏で自由に飛び回れたほうが音楽は楽しいんじゃないかと思うようになってきて」

塩塚はそう言うが、羊文学を語る上で外せないのは、やはり歌詞だ。今年22歳になるという彼女が紡ぐ言葉は、怒りや哀しみ、諦め、ほんの少しの希望が混じり合い、聴いていると胸が締め付けられるような痛みを感じる。

「よく“文学的だ”というふうに褒めてくださる方がいるんですけど、私の中では文学的な意図なんてないんです。自分が思ったことを日記をつけるように書いているだけ。詩というより言葉を書き出して並べていくという感覚です」

たしかに塩塚の歌詞は物事や風景を少し離れた場所から静かに見つめているような距離感を孕んでいる。その理由は彼女が映画という表現に影響を受けているからなのかもしれない。

「アルバムに収録されている『若者たち』という曲は橋口亮輔監督の『恋人たち』から着想して書きましたし、『RED』という曲は『牯嶺街少年殺人事件』のパンフレットに載っていた写真を見ながら書いたんです。言葉を書く時には映像や写真、それから普段見ている街の景色といったイメージを基にしていることが多いかもしれない。でも、バンドアンサンブルや歌詞よりも大事にしているのはメロディです。私たちがやっているのはあくまでポップスだし、より多くの人に聴いてもらいたいと思ったら、やっぱりいいメロディが必要だから」

言葉と音とメロディ。それらがひとつの塊として耳に飛び込んでくる羊文学の音楽を聴いていると、見ている世界が止まってしまったかのような静かな気持ちになることがある。

「普段見えている世界に私たちの音楽が入り込むことで、ほんの少しでもその世界が特別なものになってくれたら、という願いを抱きながらずっと曲を作ってきたし、これからもそういう音楽を羊文学で表現できたらと思っています」





羊文学 2012年結成。メンバーは塩塚モエカ(Vo&Gt)、ゆりか(Ba)、フクダヒロア(Dr)。昨年10月にEP『トンネルを抜けたら』でデビュー。7/25にファーストフルアルバム『若者たちへ』を発表。hitsujibungaku.jimdo.com

羊文学 Spotify オフィシャルアカウント




GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.9 SUSHIBOYS

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第9回は埼玉県越生町をレペゼンするSUSHIBOYS

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI 
TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
SUSHIBOYSのトリッキーな音楽性を培った30曲


ヒップホップのクラシックからJ-POPまで、時代も場所も超越したインターネット時代にSUSHIBOYSが出会った30曲



INTERVIEW
今いる環境の中で最大限楽しむ


埼玉県のほぼ中央に位置する人口1万人ほどの越生町にあるJRと私鉄が乗り入れる越生駅。その駅前にあるロータリーに一台の軽自動車が入って来た。車から降りた3人の若者が笑顔で言う。「ようこそ越生へ。遠くまでありがとうございます」。彼らの名はSUSHIBOYS。越生で生まれ育ったファームハウス、エビデンス、サンテナからなるヒップホップユニットだ。

「3人とも小学生の頃に同じサッカー部に入っていて知り合いました。音楽に関してはそれぞれにいろんなジャンルのものを聴いていましたけど、全員共通してヒップホップやラップが好きだったんです」(ファームハウス)

「自分は中学ぐらいまではJ-POPをずっと聴いていましたが、2人がYouTubeに動画を投稿するようになり、そこにラップをする動画なんかもあって、その影響でラップにハマっていきました。当時はユーチューバーという言葉はまだなくて、動画投稿系男子というふうに呼ばれていた頃です」(エビデンス)

「動画を作って投稿する遊びの延長でラップを本格的にやり始めたのがSUSHIBOYSのスタートだったのかもしれない。今日越生に来てもらったからわかると思うんですけど、本当にここは田舎で何もない。いろんなエンターテインメントに手軽に触れる機会もないから、自分たちで0から1を作って遊ぶしかないんです。動画投稿はそういう中で見つけた暇つぶしの遊びだったんです」(ファームハウス)

田舎に暮らす若者たちにとって、YouTubeはやがて自分たちの存在を世間に向けて発信するために必要不可欠なツールになっていった。

「動画をアップすると不特定多数の人に見られるわけじゃないですか。それが再生数やコメントという形で評価されていく。そのことに対する感動が大きかったですね」(サンテナ)

「音楽の作り方もネットのおかげで知りました。スカイプで知り合った大阪のラッパーの人に機材について教えてもらい、それを買い揃えたり。だから音楽を作るということが自分たちにとっては難しいものという感覚がそもそもなかったんです」(ファームハウス)

ネットの恩恵がなかったら今のような活動もできていなかったと3人は言い切る。そんな彼らにとっての音楽をやる意味は、少しずつ変化してきているという。

「最近は時代というものを意識しながら音楽を作っていかないといけないのかなと感じ始めています。その上で、SUSHIBOYSが音楽を通して伝えたいことって何なのかな? と考えた時、自分たちが歌っているのは常にひとつのことで、それは今自分たちがいる環境の中で最大限楽しもう、ということだと気づいたんです。そのことをいろんな角度やトピックスを使って歌っているんだなって」(ファームハウス)

その言葉通り、SUSHIBOYSの最大の特徴はリリックにある。“軽自動車”、“ダンボール”、“ゲートボール”、“ママチャリ”といった「ネタ」を用いて、彼らは越生という町で生きる自分たちの等身大の姿をユニークでコミカルなトラックに乗せて描き出す。そのスタイルはまさに彼らのオリジナルだと言える。

「人と違うことをやりたくてラップを始め、映像もどんどんYouTubeにアップしていくという方法を俺たちは選んだんです。そのことを“逆の美学”と呼んでいるんです」(エビデンス)

「東京に出て行かなくても、この越生に根を張り自分たちを信じてやり続ければ、音楽を広めていくことはできる。そのやり方は間違ってなかったと思います」(サンテナ)

インターネットを武器に、軽やかに様々な境界線を飛び越えていくSUSHIBOYSの存在は、これからの時代のミュージシャンの新たな在り方を示唆しているのかもしれない。





SUSHIBOYS 埼玉県越生町出身のヒップホップグループ。2017年にアルバム『NIGIRI』をリリースすると、その楽曲と共にユーモア溢れるMVが注目を集める。今年4月にはミニアルバム『WASABI』を発表した。sushiboys.jp

SUSHIBOYS Spotify オフィシャルアカウント




GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.8 すばらしか

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第8回は現代のブルースを奏でるロックバンド・すばらしか

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI 
TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
すばらしかが魅かれる、濃厚なロックの名曲30


60年代、70年代のロック、フォーク、R&Bを中心に、すばらしかの4人全員が愛してやまないマスターピース30曲



INTERVIEW
僕が書く歌はブルースなんです


「今、俺、音楽しかしたくない――」

2015年に結成されたロックバンド、すばらしか。彼らのファーストアルバム『二枚目』はそんな叫びから始まる。全10曲が収録された本作は60〜70年代のロックンロール、R&B、フォークからレゲエまでを昇華した良質なバンドミュージックだ。

「前に組んでいたバンドの頃に作っていた曲がいくつかあって、それをやるためにまた新しく組み直したのがすばらしかなんです。メンバーは幼馴染みだったり、大学が一緒だったり。たまたま好きな音楽が似ていた4人が集まったという感じです」

フロントマンの福田喜充はバンド結成の経緯をそう語る。だが、メンバー全員が20代前半だという彼らがルーツミュージックに根ざしたサウンドをこの時代に鳴らしていることはとても新鮮だ。

「今は割と新しめの時代の音楽からエッセンスを抽出しているバンドが多いかなとは思いますけど、でもそうした音楽をさらに辿っていくとやっぱりジャズやブルースに行き着く。古い音楽ほどやっぱり濃いんですよね。パンチが効いているというか。べつに周りと違うことをやってやろうという意識はないですけど、僕らみたいなオーソドックスなバンドが今の時代に少ないことは確かですよね」

そしてもうひとつ。すばらしかの大きな特徴は日本語にこだわって書かれた歌詞だ。「英語で書けるなら英語で歌いたい。そのほうが気持ちいいから」と福田は言うが、ぶっきらぼうな言い回しで彼が描き出す歌詞の世界からは、ほんの少し何かに届かない、間に合わないという諦観、やり切れなさが滲む。

「普通に生きていたらそういうことばかりじゃないですか。僕が書く歌はブルースなんです。働きたくないけど、バイトしなくちゃ生きてはいけないし、そういう日常の中で思ったどうしようもないことや、ムカついたことが歌詞のベースになっていると思います。SNSにみんなキラキラした写真とかをアップしていますけど、それは表面的なことで、実際はそれぞれにいろいろしんどいことを抱えながら生きていると思う。よく友達と愚痴っているんですけど、世の中、ほんとに世知辛いですよ」

メンバー全員での撮影中、4人の佇まいはどこか浮世離れしていて、でもそれがとてもロックバンド然としていて魅力的に見えた。そのことを伝えると福田は笑いながら言う。

「集合時間に全員遅れるとか社会人としてあり得ないですよね。正直、僕以外の3人はろくにバイトもしてないですしね。どうやって生活しているのか僕も不思議です」

すばらしかの4人は世の中の常識からはみ出してしか生きられない人間だからこそ、ロックバンドをやっているのではないだろうか。

「そもそも最初にロックを始めた人たちは基本的に不良と呼ばれる人種だと思うんです。もちろん才能がないとできないことだけど、不良的なノリと若さで音楽をやって、それが結果的に世の中のいろんなものをぶち壊していった。それがロックの面白さ。社会に必要とされていない、社会に迷惑をかけてしまうような人たちが音楽を通して大きな支持を集めて金持ちになってしまう――その逆転性みたいなものもロックの魅力だと思う。そうなるためには自分自身の生き様全部を音楽にぶつけなくちゃいけない」

あらためて、すばらしかはそういうバンドではないのか?と問うと、「少なくとも僕自身はそういう人種ではないと思います」と福田は言う。しかし、どこか醒めた視点で世の中を眺め、鋭い言葉を不敵な笑みを浮かべながら叩き付けるすばらしかは、ロックバンドとしてどうしようもなくチャーミングだと思う。





すばらしか 2015年結成。メンバーは福田喜充(Vo&Gt)、加藤寛之(Ba)、中嶋優樹(Dr)、林祐輔(Vo&Key)。2017年に初の全国流通盤EP「灰になろう」をリリース。現在、ファーストアルバム『二枚目』が発売中

すばらしか Spotify オフィシャルアカウント




GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.7 DOMICO

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第7回は2ピースで鳴らすサウンドが中毒性抜群のドミコ

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI 
TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
ドミコの雑食性の高い音楽性を形作った30曲


カントリーやフォークから宅録からシューゲイズまで、ドミコのソングライター・さかしたひかるが血肉化してきた30曲



INTERVIEW
“頭”ではなく“耳”で聴いてもらいたい


さかしたひかる(Vo&Gt)と長谷川啓太(Dr)からなる2ピースバンド・ドミコ。バンド結成のきっかけは、大学を卒業し事務職の仕事に就いていたさかしたが、ある時スタジオに入って曲を作ってみようと思い立ったことだった。

「通っていた高校が進学校だったこともあり、大学に進学して就職するまでレールが敷かれているような感じだったんです。自分もその流れに乗ってなんとなく就職しましたが、働き始めて一カ月で飽きてしまった。毎日のように飲み歩いて稼いだお金を浪費する日々もそれはそれで面白かったけど、ふとした瞬間に、こういう生活をあと何十年も続けて俺は死んでいくのかな? と考えてしまって。それで一度ちゃんと音楽をやってみたいと思い、長谷川とスタジオに入りました」

それまでバンドを組んで活動したことがなかったさかしたにとって、スタジオで音を鳴らすことは発見の連続だったという。

「学生の頃からギターを弾いて短いフレーズやリフを宅録で作ったりはしていましたが、作曲の仕方なんてまったく知りませんでした。スタジオに入り始めた当初は長谷川とお互いにフレーズを出し合いながら2時間ぐらいぶっ通しで延々セッションしているような感じでした。そうやって試行錯誤していくうちに曲の作り方もわかってきて、ドミコらしさのようなものを掴んでいったような気がします」

ドミコのサウンドは耳に残るリフやフレーズがラフでルーズな質感の音で鳴らされ、そこに人懐っこいメロディが絡んでいく構成のものが多い。キレイに整えられた音や楽曲が量産されている今、シンプルながらも中毒性のある彼らの楽曲はとても新鮮に感じられる。

「わかりやすいフレーズやリフが元々好きだったということもあるけど、そもそもポップソングにはキャッチーさや説得力が必要だと思っていて。逆に言えばそのポイントさえ押さえていれば他の部分では自由なことができる。曲を作る時には明確なゴールを設定して作っていくこともあれば、自分でもどうなっていくかわからないままに作っていくこともあります」

シューゲイザー、サイケ、ガレージ、フォークなど様々なジャンルのエッセンスが散りばめられた彼らの楽曲からはバンドのルーツが見えづらいと言われることもあるという。そして、さかした自身も「ドミコの音楽が今後どうなっていくかは自分にもわからない」と語る。

「計画立てて物事を進めることが苦手なんです。たとえば来週の火曜に吞みにいこうと誰かに誘われたとして、その時点で予定が空いていても来週の月曜まで返事を待ってほしいと言います。それで当日になって気分が乗らなかったら断ってしまったりする(笑)。だって来週の火曜に自分が酒を吞みたいと思うかどうかなんてその日にならないとわからないじゃないですか。常に自分が“今”何をしたいかが大事なんです。曲を作っていても急にこのフレーズを入れたいと思ったらその場で曲がどんどん変化していくことも多々あります。その結果、ドミコの曲はすごく雑食性が高いものになるのかもしれない」

その時々の気分や衝動を音に落とし込んでいる一方、歌詞についてはこだわりが強いという。

「歌詞のストーリーや内容についてはそんなに執着はないんですけど、メッセージ性みたいなものは極力歌詞からは排除したいと思っています。だからあえてまわりくどい言い回しを使うこともあります。自分たちがやっているのはあくまで“音楽”なので、言葉の意味が聴き手の印象に強く残ってしまうのはイヤなんです。メロディや音と同じように言葉も“頭”ではなく“耳”で聴いてもらいたいんです」

好奇心の赴くままに飄々と音楽と戯れる。それがドミコの最大の魅力なのかもしれない。





ドミコ 2011年結成。これまでミニアルバム2枚とフルアルバム『soo coo?』 『hey hey, my my?』を発表。今年3月にはSXSW Japan Niteに出演し、全米6カ所を回るツアーも成功させた。www.domico-music.com

ドミコ Spotify オフィシャルアカウント




GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.6 odol

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第6回は歌心と実験的なサウンドを探求するバンド・odol

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI 
TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
odolが考える、時代を超えて残る
音楽に対して誠実な30曲


ビートルズ、YMOからレディオヘッド、くるりまで。odolのメンバー6人が敬愛するポップミュージックの地平を開拓してきた名曲たち



INTERVIEW
誠実に音楽をやるしかない


地元福岡の中学で同級生だったミゾべリョウ(Vo,Gt)、森山公稀(Pia,Syn)を中心に結成されたodol。彼らはこれまで2枚のアルバムと1枚のEPをリリースしているが、作品ごとにその音楽性は変化/深化しており、特定のジャンルやシーンに容易に位置づけることは難しい。

「最初に『odol』というアルバムを出した時にはシューゲイザー的な音で、でも歌メロもあってレディオヘッドみたいだねと言われ、セカンドの『YEARS』では王道の日本語ロック、たとえば、くるりやフジファブリックのようだと言われて。そう言ってもらえるのはとても光栄だけど、僕らとしては音楽的なジャンルや括りにはこだわりはないし、周りがそう言うならそれが正解なんだろう、という感じです。今もどんどん音楽的に更新されていて、今後どんな曲が生まれるかは未知数なところがある」(森山)

しかし、どの作品を聴いてみても一貫して感じられるのは、メロディの美しさとミゾべの切実な歌声によって醸し出される「歌」の強さだ。

「不特定多数の人に向けてというよりは、誰かひとりに向けて、何かひとつのことに対して歌を届けたいという意識は強いと思います」(森山)

「楽曲に歌が入っている以上は、自分の独白のようなものではなく、誰かに聴いてもらうことを前提に歌詞を書いているし、20年後、30年後に聴いても古いと感じさせない普遍的なことを歌いたいと考えています」(ミゾべ)

odolはこれまで人が生きる過去現在未来の“時間”と、その中で生じる人と人の心の“距離”の機微を歌にしてきた。それが顕著に表れたのがモラトリアムの終わりを描いた『YEARS』だった。この3月、彼らはそうしたバンドの本質をよりポジティブに描いた「時間と距離と僕らの旅」という配信シングルをリリースした。

「2016年の5月に『YEARS』を出して以降、自分はどんなことを歌にして、それを誰に対して発表すればいいのかわからなくなってしまって。そんな時に『時間と距離と僕らの旅』ができて、自分はずっと時間や距離、そしてその進む速さのことを歌っていたんだなと気づいたんです。そこからは自分の生活や人生で感じたことを素直に言葉にすればいいんだと思えるようになりました」(ミゾべ)

ミゾべがodolで歌うべきテーマを模索していた時期、バンド内ではサウンドの作り方についても試行錯誤があったという。

「以前は気持ちよく演奏できればよし! という感覚で無邪気に音楽を作っていたんですが、バンドが停滞した時期にいろんなことを話し合って。それ以降は大人になったというか、たとえば一音一音が鳴る意味により敏感になり、レコーディング前のプリプロなどの作業に重点を置くようになりました」(森山)

odolの6人は誠実に音楽に向き合おうとしている。そのことを彼らの楽曲、そしてミゾべと森山の言葉から強く感じる。

「ノリや勢いでいける人たちへの憧れもあるけど、自分たちは誠実に音楽をやるしかないということはわかっていて。去年の『視線』というEPでは、“世界は各々の人間の主観でしか存在しない。だから本当の意味で他者に共感したり、何かを共有することはできないのかもしれない”という悲しみの中で音楽を作りました。だけど、それでも誠実に他者と向き合い、何かしらの救いを求めて自分たちがアクションを起こし続けてみる。そこで感じたことを音楽に昇華させていけたらと思っています」(森山)

「歌詞に関しても自分の主観だけでなく、自分ではない誰かのことを描くということに挑戦できれば、より色々なことを表現できるのではないかと考えています」(ミゾべ)

誠実に生きる人間たちが奏でる誠実な音と歌がこの先に描き出す景色に期待したい。




odol 東京にて結成されたロックバンド。2014年にはフジロックの“ROOKIE A GO-GO”に出演し注目を集める。2016年に早川知輝(Gt)が加入し現在の6人体制に。3/14、配信シングル「時間と距離と僕らの旅」をリリースした。http://odol.jp/

odol Spotify オフィシャルアカウント




GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.5 iri

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第5回はハスキーな歌声を自在に操るシンガーソングライター・iri

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI  TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
iriが憧れるミュージシャンたちのジャンルレスな30曲


ポップスやロックからR&B、ヒッピホップまで、様々な音楽的エッセンスを血肉化したiriの音楽性の土台にあるグッドミュージックの数々



INTERVIEW
時代を超える曲を残したい


神奈川県逗子在住のシンガーソングライター・iri。現在はライブハウスやクラブなど様々な場所でパフォーマンスを披露する彼女だが、幼い頃は人前に出ることが苦手だったという。

「小学生の頃は恥ずかしがり屋で、でも人に合わせたりはせずマイペースな子でした。女の子特有の集団行動も苦手で、自分だけ違うことをすると周りから『変だね』と言われて。でも私の何がおかしいの?とも思っていて、みんなと馴染めない時期もありました」

孤立したiriを救ってくれたのが、スクールカウンセラーの先生だった。

「話を聞いてくれて、あなたは何も間違ってないし、あなたはあなたのままでいいんだよって。そういう経験があったので、漠然と将来はカウンセラーになりたいと思うようになったんです」

しかし、あるシンガーとの出会いをきっかけに、彼女は歌うことを生業にしようと決意する。

「アリシア・キーズの『If I Ain’t Got You』のライブ映像を見た時に、歌を聴いて初めて涙が出たんです。自分も人の心を動かす歌を歌う人間になりたい、そう思いました。私はカウンセラーの先生にも音楽にも同じように救われたのかもしれない。誰かのことを受け入れ、味方になってくれる。そこが共通点だと思います」

その後、iriは地元逗子のジャズバーでバイトをしながら時折ステージで歌うようになり、高校生の時には友達に連れられて観た七尾旅人のライブに感銘を受け、独学でアコースティックギターを学び、弾き語りライブもするようになる。そして、2016年、アルバム『Groove it』でデビューを果たした。

デビュー後、iriはケンモチヒデフミ、小袋成彬など多彩なトラックメイカーと共に楽曲を生み出している。そして、この2月にリリースするセカンドアルバム『Juice』では、5lackやyahyel、WONKなどこれまで以上にバラエティに富んだアーティストとも共作した。

「制作はいつも刺激的です。基本的にはトラックを聴いて浮かんできた自分の感情をメロディや言葉にして乗せて、徐々にブラッシュアップしていくやり方です。だから最初に曲のテーマを決めて作るという形ではなくて。そういう意味では、ファースト、セカンド共に、メロディもリリックも自分の衝動に従って積み上げていった結果の作品という感じです」

そうして生み出された彼女の歌は、ライミングとスムーズな歌メロが混ざり合ったものになる。その歌唱法、そして複数のトラックメイカーが参加して楽曲制作するというスタイルは、現行の海外の音楽制作のスタイルにも通じる部分があるように感じる。

「意識的にそういうスタイルを選んでいるわけでもなく、自然とそういう作り方になっていったという感じで、私の軸にある歌い回しやグルーヴ感は昔から何も変わっていないと思います。それはリリックも同様で、明確な答えを提示するのではなく、言葉の断片から聴いた人がいろんな景色や感情を想起できる言葉を書きたいと思っていて。ある意味、曖昧で抽象的な歌詞かもしれないけども、フックに私自身の強い思いを言葉にして入れることで、聴いた人の背中を押せるような歌にできたらと思っています。今回の『Juice』もそういう曲を詰め込んだ一枚になったんじゃないかなと感じています」

終始言葉を探すようにインタビューに答えてくれたiriだが、最後に語ってくれた言葉からはアーティストとしての強い信念が感じられた。

「もしかしたら私がやっている音楽性は今のトレンドに近いかもしれない。でも私としては今っぽいよねと言われるものではなく、メロディ、ビート、リリックなどすべてのバランスが取れていて、時代を超えていつどんな時に聴いても良いと思える曲を残したいんです」




iri 2014年、オーディション「JAM」でグランプリを獲得し、2016年に『Groove it』でデビュー。2/28にはセカンドアルバム『Juice』をリリースし、3/15からはアルバムを引っさげてのツアーが始まる。www.iriofficial.com

iri Spotify オフィシャルアカウント




GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.4 Tempalay

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第4回はインディロック界の“新世代”、Tempalay

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI  TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
Tempalayの“ユルさ”と“過激さ”の核にある30曲


久石譲、リップスライムといった邦楽からジミヘン、レッチリなどの洋楽まで、フロントマン・小原綾斗が幼少期から現在に至るまで聴き漁ってきた古今東西の名曲の数々



INTERVIEW
面白くないなと思われたら終わり


「22歳ぐらいで売れてるだろうなと思ってたんですけど、いつの間にか、最近は年齢も言いづらくなって。やっぱり“新世代感”ほしいじゃないですか(笑)」

インタビューの冒頭でTempalayのフロントマン・小原綾斗はそんなことを口にした。高知出身の小原は20歳の頃、音楽をやるために上京。しかし、当時組んでいたバンドを辞め、その後2年間はバイト先と自宅の往復に明け暮れ、夜は部屋でひとりギターを弾き続ける日々だったという。そうした中で、バーで知り合った竹内祐也(Ba)と遊びでバンドを始め、やがて、メンバーにイケメンがほしいという理由で藤本夏樹(Dr)が加入し、2014年にTempalayが誕生した。そして翌2015年、バンドにとって大きな転機が訪れる。

「結成したばかりの頃は、逆輸入みたいな形じゃないと日本人には聴いてもらえないと勝手に思っていたんです。だからライブもせずに音源を作って海外のレーベルに送ったりしてました。当時の最大の目標がフジロックに出ることで、ニューカマーが出演するROOKIE A GO-GOに応募したら出られることになっちゃって。そこから他のフェスにも出るようになり、アメリカツアーもやれて。日本に帰ってきたらめっちゃ売れてんだろうなと思ってたんですけど、びっくりするぐらい状況が変わってなくて、鼻をへし折られたというか。調子に乗ってた自分が恥ずかしくなりました。僕らは変わり者みたいな感じでプッシュされてたんですけど、もっと外に開いていかないとマニアックな層にしか届かないことに気がついたんです」

そして彼らはセカンドアルバムの制作に着手。2017年8月に『from JAPAN 2』を発表した。

「地に足が着かないままなんとなく過ごしてしまった時間を取り戻すように、必死で作ったのが『革命前夜』という曲。それができた時に、この曲があればアルバムも大丈夫だという手応えを感じました。それからの制作ではバンドのクリエイティビティが爆発して、結果的に良いアルバムを作れたと思います」

ジャンル的にはローファイ、サイケデリックと形容されることが多いTempalayだが、彼らの大きな魅力は楽曲に宿るユーモアとエロスだ。“革命”や“新世代”という言葉をさり気なく曲名や歌詞に取り入れるセンス、艶っぽいメロディと浮遊感のある快楽的なサウンドは秀逸だ。

「ユーモアやエロスというのは良質な芸術には必要不可欠なものだと思うのでそう言ってもらえるのは嬉しい。言葉ってすごく重要だと思うんです。たとえばある絵が飾ってあって、それにタイトルが付いているか、付いていないかでその絵の印象は全然違う。僕は“革命”という言葉に対して何の思い入れもないけど、そういう強い言葉を面白く使えるのはTempalayというバンドしかいないとも思うし。絶妙にダサい言葉をいかに面白くするか。要は“遊び方”なんだと思う。それと、セカンドを作る中では自分たちが意図していないところで生まれる良い意味での気持ち悪さや心地良さというものを感じる瞬間がたくさんあって。これからはそういう瞬間を曲の中に意図的に作っていけるかどうかがポイントになってくると思います」

その音楽性やメンバーの佇まいから、“ユルい”雰囲気を醸し出すTempalayだが、小原は冷静に次の目標を見据えている。

「一過性のムーブメントで終わらせないために絶対数のリスナーを獲得することがこれから必要だと思う。そのためには作品を作り、ライブをしながら模索していくことになりますけど、絶対にやっちゃいけないのは、何かに迎合してしまうこと。僕らは芸人じゃないですけど、このバンド面白くないなと思われたら終わりだと思っています」




Tempalay 2014年結成。翌年フジロック“ROOKIE A GO-GO”出演を果たし、SXSW2016にも参加。昨年8月にセカンドアルバム『from JAPAN 2』発表。3/1にはドミコ、MONO NO AWAREと「中国巡演最終站」を開催
https://open.spotify.com/artist/5IlQkA8Lq4X0dOWHBumeJP




GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.3 The Wisely Brothers

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第3回はスリーピースバンド・The Wisely Brothers

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI  TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
The Wisely Brothersを育てたワールドワイドな30曲


日本、アメリカ、イギリスだけでなく、ブラジル、ジャマイカ、インドまで。The Wisely Brothersがそのエッセンスを吸収した世界各国のシンガーソングライター、バンドの楽曲たち



INTERVIEW
3人のありのままを音にしたい


高校の同級生3人で結成されたThe Wisely Brothers。夢を抱き音楽を始めたというよりは、友達同士でご飯を食べにいくようなノリでバンドを始めたのだとボーカルの真舘晴子は言う。

「活動を始めた頃は、なんとなくそのうちバンドらしいバンドになれるかなと思っていたんです。でも徐々に、いわゆるバンドシーンみたいな中に自分たちは上手く溶け込んでいけてないな、と気づいて(笑)」

他のバンドにはない自分たちの個性を見出し、シーンの中に埋没することを避けたいと考えるのが普通に感じるが、彼女たちはその流れを逆行するような形で、自分たちの個性を見つける。

「こんなちっぽけな3人だけどありのままでいることが一番大事なんじゃないかなと考えるようになりました。余計なものは全部取り払って、この3人が一番出したい音、歌いたいことを形にする。私にとっては3人でバンドをやっていることが、生きていてよかったと思えるぐらいかけがえのないことなんです。最近は曲づくりもみんなでやることが多いです。スタジオで2人に何かしら音を出してもらって、それに合わせて私が自由に歌を乗せていく。ひとりで作るよりも、そのほうが想像もしなかった面白いメロディや音が生まれてくるんです」

そうして生まれたThe Wisely Brothersの曲はまるで、私たちの日常に寄り添い、目に映る景色にやさしい色をつけてくれるサウンドトラックのように聴こえてくる。もしかしたらそこには真舘が幼い頃に接した音楽や映画といったものが影響しているのかもしれない。

「父が音楽好きで、家ではよく音が鳴っていました。たとえば、日曜日のお昼には、日曜日のお昼らしい曲が流れていて、同時に掃除機の音も聞こえてきて。生活の中に音楽がいつもあったのかもしれないです。他にも映画やデザインのポスターも家にはたくさんありましたし、今思うと、ものすごい情報量を無意識のうちに吸収していたのかもしれないです」

The Wisely Brothersの魅力のひとつに、不思議と耳に残る真舘の歌声がある。

「いろんなアーティストの歌声を聴いてみて、声も楽器のひとつなんだなと思うようになりました。その中で自分の好きな歌声のタイプというのもわかってきた。でも、自分もそういう声で歌いたいということではなくて。自分の歌声をたとえるなら、リコーダーやクラリネットといった笛のようなものなのかなと思います」

声量があるわけではないし、主張が強いわけでもない真舘の歌声、そしてギター、ベース、ドラムというシンプルなフォーマットで紡がれるThe Wisely Brothersのサウンドには“揺らぎ”がある。それは決して不安定さというものではなく、とても親密で、心地いいものだ。そして、そうした揺らぎは計算して出せるものでもない。3人だからこそ生まれる揺らぎ、それこそがこのバンドのバンドらしさなのだと思う。

「たしかにそうかもしれないです。最初にも言いましたが、自分たちのありのままを音楽で表現したいと思っているから、キレイに整えられた音を録ってしまったら、それはThe Wisely Brothersの音楽ではないのかもしれない」

真舘はさらに言葉を続ける。

「今振り返ると、誰にも知られず3人だけで音を出していた頃はバンドの何を楽しんでいたのかな? と思うぐらい何も考えていなかったかもしれない。でも少しずつ聴いてくれる人や応援してくれる人が増えてきて、今は私たち自身が最大限に音楽を楽しみたいと考えるようになりました。そのためにはどんどん曲も作りたいし、練習もしなきゃいけない。支えてくれる人たちがいたからここまで続けてこれたし、私たち3人の人生をバンド、音楽へと向かわせてくれているんだと思います」



The Wisely Brothers メンバーは真舘晴子(Vo,Gt)、渡辺朱音(Dr,Cho)、和久利泉(Ba,Cho)。2014年『ファミリー・ミニアルバム』でデビュー。最新作は7インチ「The Letter」。2018年2月、1stフルアルバムをリリース予定
https://open.spotify.com/artist/11Cpz0a2etAGYbvCW6xLmb




GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.2 Nao Kawamura

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第2回は女性シンガー・Nao Kawamura

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI  TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
Nao Kawamuraの“シンガーとしての哲学”を育んだ30曲


クラシックからスウェディッシュ・ポップ、そしてビョークやエリカ・バドゥといった様々なカルチャーに精通した憧れの女性シンガーまで。Nao Kawamuraというシンガーの音楽性、生き様に影響を与えた多種多様な楽曲たち



INTERVIEW
私は常にオリジナルでいたい


ピアノの先生で音楽好きの母と文学好きの父の影響で幼い頃から何かを表現することが好きだったというシンガーソングライター、Nao Kawamura。現在、ジャズやR&Bをベースに多彩な楽曲を歌う彼女が本格的に音楽に没頭し始めたのは音楽大学に入学してからだった。

「大学に入るまで、私は何かひとつのことを地道にやり続けるという経験がまったくなかったんです。小さい頃から高校生ぐらいまでバイオリンを習っていたんですけど、これは自分がやらなくてもいいんじゃないか?と思って辞めてしまったし。じゃあ自分は何がしたいんだろうと考えた時に見つけたのが歌でした」

音大では授業そっちのけで図書館に籠もり、ひたすら様々なCDやDVDを漁り、自分が目指すべきシンガーの理想像を探し続けた。

「私の好きなビョークやエリカ・バドゥといった人たちは様々な音楽やカルチャーを自らの意志と向き合い吸収した上でオリジナリティを生み出していることに気づき、その姿勢や生き方は、歌をやろうと決めた時に抱いた、音楽を通して自分自身を表現したいという思いとも重なり、進むべき方向性が見えました。それからもうひとつ大きな転機になったのが、大学二年の時に受けたオーディションでの経験でした。そのオーディションで優秀賞をいただいてアメリカのジャズシンガー、サリナ・ジョーンズと一緒に歌う機会を得たんですが、その時に私自身歌が上手いということだけでは自分の世界を表現しきることはできないんだと痛感しました」

Nao Kawamuraが今年発表した『CUE』『RESCUE』を聴いて感じたのは、メロディ、歌声、バンドの演奏が寸分の狂いもなく合致することで、歌詞の意味や楽曲が描き出す風景が立ち上がってくることだった。

「例えばラジオで自分の曲がかかった時にリスナーに聴き流させないようにするにはどうしたらいいか。そのためには歌の上手さや強さはもちろんですが、演奏やメロディなどトータルでひとつの確固たる世界観を表現できていなくてはダメだと思っています。つまり、“Nao Kawamura”というブランドをどうやって打ち出していくかということが重要になってくる」

歌のスキルを磨き続けながら、いかにセルフプロデュースしていくか。Nao Kawamuraというシンガーはそのことにとても自覚的だ。

「海外の音楽を取り入れつつもそっちに寄り過ぎず、日本人ならではの感性も大事にし、その上で今の日本のシーンにはいないタイプの女性シンガーとしてのポジションを確立したいと思っています。誰々っぽいシンガーだよね、と言われるようなら自分がやっている意味がない。私は常にオリジナルでいたいんです」

誰にも媚びず、己の信念を貫き高みを目指す音楽的、精神的姿勢がSuchmosやWONKといった同世代が彼女の歌声に惹き付けられ、共に楽曲制作する理由なのかもしれない。

「私としては、すごく良い音楽だなと思って聴いていたら、作っているのがたまたま友達だった、という感覚なんです(笑)。団結して何かやってやろうぜ!という妙な熱量はあまりなく、それよりもそれぞれがやりたいことをやり続けた結果の個人の集合体というか。でも例えばアメリカのソウル・アクエリアンズや、日本だと70年代のティン・パン・アレイやユーミンたちのように、ひとつのムーブメントを作ることができたら素敵だなとは思っています。最近は音楽だけじゃなく、ファッションなど他のカルチャーの人たちとの繋がりも生まれてきているし、これからもっと面白いことになるんじゃないかな。そのためにも私はまず女性シンガーとしてもっと有名になりたい」

そう話すNao Kawamuraの目には彼女の歌声同様、強い意志が宿っていた。



Nao Kawamura 1992年生まれ。シンガーソングライター。洗足学園音楽大学卒。昨年フジロック“ROOKIE A GO GO”、今年サマーソニックに出演。EP『CUE』『RESCUE』で注目を集め、現在は来年に向け新プロジェクトが進行中
https://open.spotify.com/artist/2eNLNPGrTxWd6BEvCNFpP2




GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.1 ニトロデイ

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第1回は十代のロックバンド・ニトロデイ

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI  TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
ニトロデイを生んだ英詞のロック30曲


Sonic YouthからRadioheadまで――。80〜90年代のオルタナ、グランジを中心にバンドの音楽性に影響を与えたアーティストたちの楽曲が勢揃い。2017年の今だからこそ新鮮に聴こえるサウンドがあるはず。



INTERVIEW
音楽が好きな時もあれば嫌いな時もある


荒々しく歪むギターを中心としたローファイなバンドサウンド、焦燥に駆られ何かを絞り出すように叫ぶ歌声。まるで90年代のグランジ、オルタナを彷彿とさせるニトロデイの音は2017年の今、未知なる輝きを放っている。平均年齢18歳の4人組バンドは高校の軽音楽部から派生して生まれ、結成してまだ1年半しか経っていない。作詞作曲を担う小室ぺい(Vo&Gt)はひとつひとつ言葉を探すように自身のバンドのことを語ってくれた。

「ベースの松島にNumber Girlのファーストアルバム『SCHOOL GIRL DISTORTIONAL ADDICT』を教えてもらって聴いた時に衝撃を受けました。音像、曲の構成、歌い方……それまで聴いてきた音楽とは何もかもが違っていてびっくりしたんです」

そこから小室は様々な音楽を掘り始め、現在のニトロデイの音楽性が培われた。

「今はどんな時代の曲もすぐに聴けるじゃないですか。だから音楽に古いも新しいもないというか。聴いている時はカッコいいか、カッコよくないか、そのことしか考えていない。だから今はまだ音楽の歴史とか系譜とか、そういうことにはあまり興味がないんです」

十代の無垢な直感に訴えかけてきた数々のバンドの曲をコピーしていたという小室だが、ある時自分自身で曲作りを始める。

「人が作った曲は難しいし、ギターの練習するのもだんだん煩わしくなってきて。それなら簡単に弾けるような曲を自分で作って演奏すればいいんだと思って作り始めました。当初はバンドの演奏は全然ダメでしたけど、曲自体は悪くないんじゃないかな、とは思っていました」

ニトロデイの音楽の大きな魅力のひとつは小室が書く歌詞だ。わかりやすいメッセージや主張などはまったくない。彼は日常の中で目にした風景や簡単には言葉にできない自身の感情を観察し、それらを淡々と描写していく。

「曲を作り、メロディができる。そうして生まれた楽曲全体の雰囲気に合う言葉をひたすら重ねていくんです。だからメッセージとかは特になくて。でも今はまだ、ただ言葉を重ねているだけのような気もしていて。メロディや音ともっと一体化したような歌詞を書けるようになりたいと思っています」

小室はバンド活動以外に短歌も詠んでおり、今年の夏には全国高校生短歌大会にも出場した。文芸部の先輩から声をかけられて数合わせのために歌会に参加したことがきっかけだったが、短歌の世界に接したことは彼にとって大きな気づきをもたらしたという。

「始める前は侮っていた部分もあったんですけど、やってみると奥が深いことを知りました。短歌の難しいところは普通のことを言っても面白くないということ。だから表現も捻らないといけないし、歌のリズムもあるのでそれに合った言葉を選ばなくちゃいけない。しかも文字数も限られているので、たくさんの情報を詰め込むこともできない。だから一字一句、とことん考え抜いて詠まなければいけないんです。そういう経験をして、歌詞を書く時にも言葉に対する慎重さを持つことができたと思います」

ニトロデイは今年7月に『青年ナイフEP』で十代にしてデビューを果たした。端から見れば順風満帆に映るだろう。しかし、小室自身は音楽に対しての躊躇いも感じているという。

「音楽をやることが自分にとってどんな意味があるのかまだわからない。音楽が好きな時もあれば嫌いな時もあるんです」

17歳、様々な思いを抱え揺れ動く季節の中、それでも彼は最後にこんな言葉をふと口にした。

「後々にまで残る名盤を作りたい」

近い未来、ニトロデイはそんな1枚を作ってくれるはずだ。


ニトロデイ 小室ぺい(Vo&Gt)、松島早紀(Ba)、やぎひろみ(Gt)、岩方ロクロー(Dr)からなる十代のロックバンド。7月『青年ナイフEP』でデビュー。11/29には7インチ「青年ナイフ/アルカホリデー」をリリースする
https://open.spotify.com/artist/4AjzuiHaLa2FjngUldW4e5







GO THE WILD SIDE OF MUSIC――VOL.11 大橋ちっぽけ

変化し続ける音楽シーンという“荒野”に足を踏み入れ、新しい音楽を生み出そうとしている次世代のアーティストを紹介。第11回は20歳のシンガーソングライター・大橋ちっぽけ

PHOTOGRAPHY: SHINTO TAKESHI 
TEXT: ITAKO JUNICHIRO




DNA MUSIC
大橋ちっぽけの未来を示唆する30曲


ニコニコ動画をきっかけに様々な音楽を吸収してきた大橋ちっぽけ。彼がこれから新しい楽曲を生み出すにあたり、そのヒントになるかもしれないと考える30曲



INTERVIEW
目指しているのは虹色


「ネットがなかったら音楽をやろうなんて絶対思わなかった。いきなり人前に出て歌うなんて、自分には怖くてできないです」

そう言い切る大橋ちっぽけに歌うきっかけを与えたのは、小学6年の頃に好きだった同じクラスの女の子だった。

「その子にニコニコ動画の“歌ってみた”というジャンルを教えてもらったんです。素人なのにフォロワーが何万人もついている人たちもいて、しかも、クリックひとつでネットを介して動画を世界中に発信できるそのメディアに夢を感じて。それで中学1年の夏にAmazonでマイクなどの機材を揃えて自分も投稿してみたんです。初めて動画を投稿した次の日の朝、ネットを覗いてみると7、8件ぐらいのコメントが来ていて、再生数は200回ぐらいだったんですけど、本当に自分が世界に向けて何かを発信したんだ、という実感が湧いてきて……なんだか嬉しくなったんです」

その後、大橋は中学2年の時にギターを手にし、弾き語りカバーの投稿を始める。

「いろんな曲をカバーする中で、この曲のここがもうちょっとこういうメロディだったらもっと好きなんだけどな、と感じることが増えて、それなら思い切ってオリジナルを作ってみようと思ったんです。それが16歳ぐらいの時」

オリジナルを作り始めた大橋だが、彼にとって音楽は、ネットの世界で自分が楽しむためのものでしかなかった。そんな彼の転機となったのが、高校3年時に「未確認フェスティバル」というラジオ番組主催のオーディションに応募し出場したことだった。

「ずっと自己満足のために作ってきた音楽を他の誰かが認めてくれた。その時に、自分の感覚は間違っていなかったんだ、という自信がついて。それでシンガーソングライターとしてやっていこうという気持ちが固まったんです」

大橋ちっぽけは今年6月に初の全国流通盤『僕と青』を発表した。ひとりぼっちの少年の心情の機微が、素直なメロディと澄み切った歌声で丁寧に紡がれている。そして、それらの楽曲は自分自身に宛てた手紙のような歌だ。

「たしかに自分の心の中の感情を言葉にし、自分自身のために作った曲たちなんだと思います。でも、最近作っている曲は『僕と青』の楽曲とは少し変化してきているかもしれない。以前は自分の魂をすり減らして内面を描くような感覚だったんですが、今はもう少し純粋に音楽を楽しみたいという気持ちが芽生えてきた。だから歌詞も“気楽にやれよ”という感覚のものになってきているというか」

大橋はさらに言葉を続ける。

「最近、音楽をやっている自分と大学生として普通に暮らしている自分とが乖離しているなと感じるんです。アーティストとしての大橋ちっぽけには自分自身の理想やキレイな部分ばかりが集まっているような気がして……でも、普段の僕はふざけることもあるし、何の不満もなく平和に生きている。そういう自分が無理に悲しいことやシリアスなことを歌う必要があるのかな? って。やっぱり嘘は歌いたくないから」

20歳を迎え、少年から大人への階段を上っている大橋ちっぽけ。彼は今、アーティストとしても変化の季節を迎えているのかもしれない。大橋は『僕と青』という作品には“十代の青い感性”が閉じ込められていると語る。では、今現在の、そして未来の大橋ちっぽけの音楽はどんな色になるのだろうか。

「目指しているのは虹色。大橋ちっぽけっていろんな色の曲があって、でも全部良いよね、と感じてもらえる音楽を作っていきたい。ひとつのイメージに縛られたくないというか。そのために今は一色一色、いろんな色を塗り込めるように曲を作っている途中なんです」






大橋ちっぽけ 1998年生まれ。愛媛県松山市出身。「未確認フェスティバル2016」への応募をきっかけにシンガーソングライターとしての活動を本格化。今年6月に初の全国流通盤『僕と青』をリリースした。chippoke.themedia.jp

大橋ちっぽけ Spotify オフィシャルアカウント






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