猿のあいさつ(MONKEY Vol.5 死者の歌ーイギリス・アイルランドの物語)

 今回は、イギリスとアイルランドの小説の特集です。
 アメリカ文学をいちおう専門とする人間にとって、イギリスとアイルランドの文学は、実に魅力的な「隣の庭」です。猿得意の「ものすごく乱暴な」一般論をふりかざせば、アメリカ文学が自分が〈いま・ここ〉にいることに苛立ち、憤りがちであるのに対し、ブリティッシュ=アイリッシュ文学は〈いま・ここ〉と折りあおう、歩み寄ろうとする傾向がある。人生の限界を拒むか、受け容れるかの違いと言ってもいいかもしれません。
 もちろん、受け容れると言っても、そこには苦い諦念が混じっていることもあるし(この特集ではジョイスの「死者たち」――アイルランド文学には特にその傾向があると思う)、受け容れる人間に辛辣な目を向けていたりもする(たとえばサキ)。離れて見ている限りでは、素敵な隣の庭、で片付けてしまいますが、いざ庭に入ってみると、一画一画、それぞれ趣は違います。
 そもそも、英文学、と我々はまとめてしまいがちですが、グレートブリテン島には連合王国の中心として一時期世界をリードしたイングランドがあり、そのイングランドと実に複雑な歴史的関係を持つスコットランドがあり、同じく独自の言語と文化を持つウェールズがあり、お隣アイルランド島の上五分の一は連合王国の一部で宗教的にはプロテスタント中心の北アイルランド、あと五分の四はカトリック中心でこれまたイングランドとの凄絶な歴史があるアイルランド共和国。例によって個人的に愛好する作家・作品を選んで訳した(プラス、池澤夏樹さんには旅するイギリス作家ブルース・チャトウィンを「演じて」いただいた)この特集は、これだけ多様な氷山の、ほんの一角の先端のそのまた表層を示したにすぎません。氷山の大きさ、凄さをなんとなく感じてもらえれば嬉しいです。
 それにしても、猿の力不足で、ウェールズの小説を入れられなかったことが悔しい。悔しいので、ここで、あるウェールズの詩人の詩を訳します――

幽霊見たなんて言う奴は
 噓つき 酒吞み 意気地なし
でももし幽霊に 会ったなら
 こう訊こうと 思ってる
「この世の先には 何がある?」

ある夜(よる)夢で 会ったぜ幽霊
 知りたいことを 訊いたらば
  「ははは、そう来ると 思ったぜ、
 俺だっていま 訊きたいさ、
『この世の先には 何がある!』」
(W. H. Davies, “Q is for the Question,” A Poet’s Alphabet [1925])
                              猿


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Posted on 2015/02/15
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