佐藤秀明インタビュー 「ユーコン、旅人の川を語る」 聞き手 新井敏記

佐藤秀明さんの写真集『Yukon』が9月15日に刊行になります。
佐藤さんは世界の辺境を旅して自然とそこで暮らす人々の営みを撮り続けてきました。

今回旅したユーコン川は、カナダからアラスカを経てベーリグ海へ注ぐ全長3200kmの大河。悠久の自然を流れる雄大な川です。佐藤さんはカナダのホワイトホースからドーソンまで約650kmを、筏とカヌーで旅をしました。

ユーコンは先住民の言葉で「大河」を意味します。
佐藤さんの冒険は一万年前に大地が氷河で覆われたころの物語を、僕たちに見せてくれています。

佐藤さんへのインタビューを、今回WEB限定で全三回に分けて掲載致します。

インタビュー=新井敏記



第二回

それぞれの川

──佐藤さんはこれまでアマゾンやパタゴニアなどでいくつもの川を下っていらっしゃいますが、それでもユーコンが一番ですか?

佐藤 ユーコンは違うんです。水量からいっても一級品です。

──写真集を見ると、女性を撮るようにユーコンの美しいフォルムをおさめるためにブッシュに分け入るなど、たいへんな想いもされていますよね。

佐藤 そんなことないですよ。毎日テントを張ってキャンプをするのが愉しくてしょうがない。そして周りを見る。苔むした森がテントの後ろには広がっている。前を見ると川はとうとつと流れている。

──テントを張るのは夕方ですか?

佐藤 夏なので昼すぎです。夜の11時頃まで暗くならいので、いつまでも夜が終わらないんです。対岸には原生林が広がっていて時々オオカミの鳴き声が聴こえてくる。そうした生活がものすごく面白いんです。

──どういう生活なんですか?

佐藤 日本でキャンプというと、人が大勢いるところしかない。川も海も山も。ユーコンでは誰かがキャンプをしていたらそこは避けるという不文律があるのです。

──不文律ですか。そんなぜいたくな。

佐藤 嫌でしょう。自分たちだけでキャンプしたい。そういうところを見つける愉しさもあるんです。

──欲張りになりますね。

佐藤 大丈夫、いいところには誰かがキャンプした跡があって、石が積まれていて、すぐにカマドになる。誰もいない森の中に入れば、ふかふかの苔の絨毯がある。テントをそこで張ると自然のベッドです。

──岸辺の世界やキャンプで火を熾しているところなど。 佐藤さんの写真にもありますね。

佐藤 水が岸辺を擦って行く音がミャンミャンミャンミャン聴こえているのです。

──ミャンミャンミャンミャンですか? 不思議な音ですね。

佐藤 擦って流れて行く音です。珈琲を淹れ、その音を聴いていると対岸でじっとオオカミが僕たちを見ているんです。

──人間はちっぽけですね。

佐藤 そういう暮らしを一カ月できるというのが、本当に幸せでした。針葉樹の流域には、白頭鷲やハヤブサなど猛禽類をはじめ、アビ、カモ、カナダガンなど多くの水鳥がいて、渡りの時期にはカナダヅルやナキハクチョウなどがカヌーからよく観察できる。また、ビーバーや、ヘラジカ、クロクマ、オオカミやヤマネコなど、カナダを代表する哺乳類も多く観察できます。自然の懐の深さとスケールの大きさが実感できますよ。

──自分が試されているような気がします。そういう生活に退屈しないか、倦むことはないか。

佐藤 そう、あるある。そこで写真を撮る自分がいることが嬉しい。今までは風景に飲み込まれているようにただただそこにいる。一歩先に歩めた気がします。写真家の義務を果たせてなかったんです。


写真家の義務感

──写真家の義務ってなんですか?

佐藤 常にカメラとともに生きているということ。写真家は撮ってなんぼの世界です。撮らないと、その瞬間を撮らなかったという後悔が残る。

──違う言い方をすれば、以前のユーコンの旅は、撮らなくてもよかったという、夢見たような旅ですね。

佐藤 でも帰ってくるとそれが宿題になる。

──佐藤さんにとって宿題になっているところは、他にどこがありますか?

佐藤 シルクロード。シルクロードは人を撮ってみたい。もう行けなくなったけれど、ペシャールなんてもう一回訪れたいところです。

──人がいるということは時代や状況によって入れなくなることもあるし、自然と違って時間のサイクルも短い。今日行かないと明日はわからない、と。

佐藤 そうですね。ペシャールを最初に訪れたのは今から40年も前のこと。人が少なく、馬車が街中を走っている風情あるいい街だった。自転車をチンチン鳴らして人々が暮らしていた。5年ほど前に行った時にはアフガニスタンの難民で溢れていて、地球が変わったと思いました。

第一回
第二回
第三回

佐藤秀明写真集『Yukon』


Posted on 2014/09/16