SWITCH INTERVIEW ―― ひがしちか「全部東京でつくられとるばい!」 ~後編~ 2page

写真・浅田政志

「そこで、アイデアが浮かんだ」

「ぜんぜん。とにかく、なにをしたいか、なにができるかをノートに書いて、ミシンとハサミがあったから物を作ろうと思って、子どものアクセサリーとか作ったけどパッとしなかった。で、ある日の夕方、子どものお迎えがそろそろだと、玄関に行ったら、何年か前、傘に絵を描いたものがあって、これかもしれないと」

「ひらめいた」

「いや、ひらめいたというよりも、これかもしれない、これかもしれないぞと、すがるような感じでした。でも、そこからは早かったんです。まず傘を分解して、どういう作りか知って、世の中には、どんな傘があるか調べて、当時はパソコンも持ってなかったので、母子寮の事務室のタウンページで傘屋さんを探して、電話して、傘の骨とかは、どうやったら買えるか訊いて」

「傘の問屋さんて、馬喰町みたいなところに集まってるんですか?」

「いえ、大手が2社あるんですけど、ほとんどが小売の職人さんたちで、あとは中国です。でも職人さんも、ご高齢で、5年後は国産がなくなるかもって言われてます」

「じゃあ、パーツを揃えていくところから」

「はい。最初、タウンページで調べたところは、草履、履物の店で、傘の修理ができるとこだったんです。そこに昔の在庫があって、企業が修理用にと数本傘骨を残しておくのです。それがあるからと行ってみたら、20年前の10本を譲ってくれたんです。その中に傘のサンプルでとっておいたハンドルとかもあって、それがすごい格好良かったり、綺麗だったり。そういうのを見てたら、企業が100本同じのを作るなら、自分は1本だけ作るようなことが、やりたいことかもしれないと思って、ピタッとハマったんです」

「いよいよという感じですね」

「でも生地を買うにも高くて、だったら、白地に自分で描けばいいと思って、まずは10本作って、展示させてくださいと近所にあったギャラリーに持っていきました」

「それが何年前ですか」

「6年前ですね」

「ギャラリーでは売れましたか?」

「30本だして、20本売れましたけど、友人たちのお情けもあったと思います。でも、とにかく、自分のやりたいことをやろうと、それ以外ではお金をもらわないようにしようと決めました。その展示のときに、国立新美術館のミュージアムショップの人が来てくれて、『2週間後催事のスペースがあるんですけどやりませんか?』と言ってくれて、それで、『やります』って答えました」

「2週間後に出す作品はあったんですか?」

「なかったんです。それからは、ほとんど寝ずに作ってました」

「もちろん傘が素晴らしかったのもあるでしょうけど、ミュージアムショップの人は、そのとき、どうして誘ってくれたんでしょう?」

「わたしも後から聞いたら、こんな傘は他にないなと思ってくれたのと、『ちかちゃんが必死そうだったから』って言われました」

たしかに、必死な状況でもあった、ひがしさんですが、傘と出会って、そこに光のようなものが照らされたのかもしれません。

だから、ひがしさんの作る傘には、濃密な物語が詰まっているのです。


「日傘とか作ってると、稼ぎのある旦那の奥さんの余暇、主婦作家みたいに思われることがあります」

「まったく違いますもんね」

いくら生活がハードになっても、ユーモアやポワッとした感覚を失わなかったのは、娘さん、家族や周りの人々、そして、ひがしさんの、ぎりぎりでみせた、根性やふんばりの賜物です。

最後に写真の浅田くんとひがしさんがしていた会話を。


浅田くん「ひがしさんは、同じような体験をしている女性の前で講演したりしないんですか?」

ひがしさん「嫌ですよ、恥ずかしいです」

浅田くん「ひとりでやっていこうと思っている女性で、ひがしさんの話を聞きたいと思っている人は多いかも」

ひがしさん「でも、そういうので、お金もらうのは申し訳ないですし」

もし、ひがしさんと同じような体験をしている女性が、このインタビューを読んだら、希望を与えることができるかも知れません。

そして、これからも素敵な傘を作り続けてください。



<プロフィール>
ひがしちか
 1981年生まれ。2010年7月「日傘屋Coci la elle」と称して初めての日傘の展示を開催。ひとつひとつ手描きの絵柄と刺繡の1点ものが人気を博した。絵を描くことは、愛すべき日常にある形のないものを収集するような行為、というのがひがしの大切な教え。清澄白河にアトリエを併設した「コシラエル本店」を構える。今年初のビジュアルブック『かさ』を刊行
Coci la elle

戌井昭人 1971年東京生まれ 作家、パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の旗揚げに参加、脚本を担当。『鮒のためいき』で小説家デビュー、2013年『すっぽん心中』で第四十回川端康成文学賞、16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第三十八回野間文芸新人賞を受賞。最新刊は『ゼンマイ』

(本稿は9月20日発売『SWITCH Vol.35 No.10』に掲載されたものです)

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