SWITCH INTERVIEW ――大谷幸生「花で笑顔を飾る」 ~後編~ 2page

写真・浅田政志

「『ここでもみんな花をつけて、フラを踊ってるの?』って聞いたら、作り方がわからないからプラスチックの花をつけてるということでした」

「そうだったんですね」

「フラワーアレンジメントの仕事って、こういうものはどうですかと提案するのが仕事だけど、雑誌とかで紹介されているのは、豪華な花に、豪華な器だったりで、実際には、そういうことをやっている人は少ない。それよりもお花を楽しむ人を増やしたいと思ったんです」

「なるほど」

「でも、お金もないから、そのカフェで働きながら、レイを勉強しようと思ったんですけど、最初は、どうやって習ったらいいのわからず、教室もないから、それで洋書なんだけど本を買って、それを見ながら、見よう見まねで作ったりしていました。あとは、お客さんに見せて、『ハワイで見たのはこんなのだった?』って意見を聞いたりしていました。それで、最初は、フラを踊ってる人たちに配ったりしていたけど、それからハワイに行ったんです。そこで先生に会って、正統派のハワイ仕込みのレイを学んだら、一目置かれるぞなんて、いやらしい考えもあったんです」

「行ってみてどうでした?」

「ハワイの先生に、『日本の花を使いなさい』と言われたんです。そこにあるものを使うことに意味があると。でも、その場にあるものを使うなんて、その時代では、ちゃんちゃらおかしいことだったんです。日本でその場にある花を使っても、『これはレイじゃないよね』とかいう空気になって」

「そうなんですね」

「それでも、それをやらなくちゃと思いました。日本に来ているハワイの人たちは、それでいいと言ってくれるんですけど、日本の人たちは考えが固くて」

「でも作り続けた」

「はい。そのうちに、自分の中で軌道に乗って、身になってきたなと思って、それを先生に見せてあげたいと」

「何という先生なんですか?」

「マリー・マクドナルドさんです。今年91歳で」

「教わろうと思ったきっかけは」

「彼女の本も持っていたんですが、『クウネル』という雑誌で、彼女の作ったレイが紹介されていて、それには紫陽花に南天が入ってたんですよ。そんなの普通考えられないことだったんですけど、もしかしたら、この人に会ったら、何かヒントがあるかもと思ったんです」

「すぐに会えたんですか」

「最初は、全く繋がらなくて、彼女は学者で気難しいから受け入れないって、言われたりしていたんです。それで、農水省の人が、市場の輸出入の商談みたいなのでハワイに行った時、自腹でついていったんです。で、せっかくハワイに来たのに、毎日ミーティングで可哀想だからと、『どこか行きたいところある?』って訊かれた時に、『この人に会いたい』って言って。本を持っていたから、それを見せて。そうしたら、向こうの偉い人が彼女を知っていて、すぐ連絡してあげると、それで心構えもなく会うことになって」

「凄い展開ですね。会ってみてどうでしたか?」

「彼女は、花を摘んで待っていてくれて、『何が知りたいの?』と言われて、『あなたが教えてくれることがあればなんでも知りたいです』と言ったら、『時間がないから早くやりましょう』と、このやり方、そのやり方、ってどんどんいろんな作り方を見せてくれました。残った花は持って帰って、それでまた作りなさいと」

「得たものは大きかった」

「神様みたいな人だと思っていたので、実感もなく、ふわふわしてました」

「その後も、葉山で活動を?」

「そうです。フラワーアレンジメントを教えたり、カフェで働いたり、それでハワイに行って、一週間くらい滞在して、彼女に教えてもらって帰ってくるというのを繰り返していました。それで五反田に教室を構えたんですけど、そこから葉山まで通ってたら、いつも車で眠くて、横浜に引っ越しました」

マリー・マクドナルドさんにレイを習った大谷さんですが、そこにはお金の介在が一切なかったそうです。そしてそれが、『笑顔の花飾り』という本を作ることにつながっていきます。

「日本の花を使って、こんな素晴らしい知識を与えてもらったけど、そこには、お金の介在が全くなかったので、どのくらい払えばいいのかと思ったんです。でも幾らか訊くのも失礼だし。とにかく、ここまでの感謝をどうしたらいいか教えてほしいと訊きました。そうしたら、『ここに訪ねて来ているだけでいい。レイを作れるようになって、みんなが喜んでくれなら、それでいい』と言われました。そうしたら、そんなことを考えた自分が陳腐に思えてきたんです。その時日本の花をひとつでも多く彼女に見せよう、その植物のあるところで写真に収めようと、それで、四十七都道府県を回ろうと思って始めたんです」

「どのくらいかかりましたか?」

「2年半で回りました」

「本は、先生に届けることはできたんですか?」

「はい」

「喜んでいましたか」

「はい。でも、おばあちゃんだから、感情の起伏が穏やかで、娘さんの方がボロボロ泣いてました。それに、彼女は学者なので、娘さんが『この花はあれだね』とか言うと、『そんなのわかってるよ』と言っていました」

本を作る時大谷さんは、マリー・マクドナルドさんに、英語のセンテンスと学名を入れなさいと言われていて、それを守りました。

そして、マリー・マクドナルドさんに本を見せると、「この先、農家が無くなってしまったとしても、この本を見れば、その子供達が、自分の土地を知ることができるね。よくやった」と言われたそうです。

インタビューの後、わたしは、大谷さんからレイを頂きました。首にかけてみると、嬉しくて、なんだかわけもわからず、ニコニコしてしまいました。凄いなレイの力は、と思った次第です。

帰り際。大谷さんに「花は枯れるものだから」と言われたものの、捨てるのがもったいなくて、いまだ、わたしの部屋にぶら下がっています。



大谷幸生 1969年神奈川県生まれ。レイ作りの巨匠マリー・マクドナルドに師事し、日本の土地に育つ花とハワイに伝わる様々な手法を巧みに駆使したオリジナルのレイを編むレイメイカーとして、また雑誌や広告の花などを手がけるフラワーアーティストとして活動中

戌井昭人 1971年東京生まれ 作家、パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の旗揚げに参加、脚本を担当。『鮒のためいき』で小説家デビュー、2013年『すっぽん心中』で第四十回川端康成文学賞、16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第三十八回野間文芸新人賞を受賞。最新刊は『ゼンマイ』


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