SWITCH INTERVIEW ――池田晶紀「ニーコニッコニッコニコ」 〜前編〜 2page

写真・浅田政志

そんな池田さんですが、普段の生活はどうだったのか?

「80年代はアイドル全盛期で、テレビに齧りついてました。日本中がそうでしたよね。それで90年代。平成に変わるときに中学生で、バブルが弾けて、友達が学校からいなくなっちゃった」

「いなくなった?」

「はい、あれは夜逃げですよね」

「忽然と消えた」

「そうです。そんなときに、お兄ちゃんはフリッパーズギターとか聴いてましたね。あとは、『あすなろ白書』と『夜のヒットスタジオ』。だからもう、塾なんて行けません。忙しかったなぁ。同世代はアニメだけど、ぼくはお兄ちゃんの方を向いているんですね」

「話が飛んだついでに中学校にいきましょう」

「中学は、女子が敵ではなくなって、仲良くなったりしちゃって、これが凄いなって思ったりしてました。それで僕は、小学校六年の時に生徒会長をやっていて、林間学校にお父さんが来てたんですよ」

ひとまず小学校に戻ります。

「写真を撮りに来ていたんですか?」

「そうなんです、なんならお兄ちゃんも来ちゃって」

「お兄ちゃんはなんで?」

「手伝いで。だから学校中の人たちが、俺の父ちゃんを知ってて、カメラのカメちゃんって呼ばれてました。そんなこんなで、卒業アルバムは俺だらけなんです。それで味をしめたのが、自分が前に出てウケるということなんです。それで生徒会長にまでなって。そんな小学生でした。なんというか、普段は恥ずかしいのに、モノマネしたりすれば大丈夫だと」

「生徒会長とか何かの役割を与えられたりすれば」

「はい。もう多重人格系になっていたんですね。それでモノマネで形になったのが、さだまさしです。学校の帰り道、友達に、さだまさしのトークのマネをして、延々見てもらってました」

「さだまさしのトークはラジオから?」

「『セイ!ヤング』ですよ。そこでトークを」

「中学時代に戻ると、中学時代もさだまさし?」

「はい。トークと、箒をギターにして。テープに録音して、友達に配ったりしてました。特にさだまさしのトークは言葉遣いが面白くて、中学生では、ちょっと知らない言葉とか出てくるんですよ。そんなのがまた刺激的で、それをマネして、好きな女の子にテープをあげてました」

「部活は?」

「サッカー部です。がっつりやってました」

「ポジションは?」

「ゴールキーパーなので、これも、またトークなんですよ、『右行け』『左だ』とか指示出して、相手がシュートを打ちそうになると、『ウンコ落ちてるよ!』とか『お母さん来てるよ!』とか言うんです。そうするとビビるんですよ」

トーク全開の池田さん。自分のルーツ、好きなものを振り返ると。

「全部『さ』なんですよ、サッカー、サザン、さだまさし」

「本当だ」

「だから、カラオケ行っても『さ行』しか見てないですから、それでいまはサウナだし」

「S(エス)でもありますね」

「もうSSSですよ」

喋る。スピークもS。

「とにかく、人を笑わせるのが好きで、先生のマネ、友達のマネなんかをしてました。友達で、ずっと顔を掻いている奴のマネなんかをしたりすると、彼がそれに気づいて、恥ずかしくなって、その変な癖が直ったりするんですよ。で、『池田くんのおかげで直ったよ』なんて言われたりして」

「役に立ってるんですね」

「そうなんです」

「その頃のドラマは?」

「『北の国から』です。がっつりハマってしまいました。で、田中邦衛のモノマネですね」

「多重人格に拍車が」

「そう。自分でもモノマネばかりして、もう誰だかわらずに、ずっとエラーが続いている感じですよ。一方で、流行りは無難にやってきたつもりだけど、根は変わらないんです」

「高校時代は?」

「男子校ですが、これは無しでもいいです」

「でもエスの部分、さ行の部分はブレず」

「スケートボードもやったな」

「サ行だ」

「あとはダンスですね」

「さ行ではないけど、ダンスは好きだったの?」

「小学生の頃、マイケルジャクソンがセンセーショナルでした。あと荻野目慶子。とにかくダンスが好きでした。『スリラー』の変な動きとか。それで風見しんごが出てきて『ブレイクダンス』とか言って、これがブレイクダンスっていうのか、となって」

「踊りだす」

「だから、ダンスは、面白いものという気持ちでやってたんです。でも、その後、ストリートみたいな時代になって、さらにロサンゼルスの方からヒップホップがガンガンやってきて、だんだんオシャレになって、それでやめました」

「面白いのが、格好いいになっちゃったんですね」

「そうです。それでね、今度はモノマネのオーディション番組に出たりしてました。素人モノマネ。そのとき、自分の順番の前が森進一のモノマネで、後ろが美川憲一のモノマネだったんですけど、似せるために整形してるんですよ。でも、俺にはそんな覚悟はねえって」

「池田さんは、どんなモノマネだったんですか?」

「50くらいリストを持っていったんですけど、織田無道とか、モルツのビールの栓を抜く音とか。でも相手は整形してるんですもん。ここで挫折しました。俺にモノマネの覚悟はない、整形までできないと、と。自分は、本当は赤面症で、今まではそれを隠すため、防御するために、いろいろな人間になってたんですけど、その人のまんまになっちゃうのはどうなんだと。それで挫折。高校一年生のときです」


後編へ続く


【イベント情報】
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