SWITCH INTERVIEW ――冨永昌敬「ダイナマイト心中」 〜後編〜 2page

写真・浅田政志


「作ってみてどうでした?」

「やっぱり普段から何も考えてないやつが、映画を撮るからといって無理にテーマを持とうとしてもダメでしたね。どうしても自分で書いた言葉が負担になるんです。だから卒業制作では企画書にテーマを記入しませんでした。それだけですごく自由になりましたね。それはドイツの映画祭で賞をもらいました」

「学校から出品したんですか」

「いや全部自分で手配したんです。ドイツのオーバーハウゼン短編映画際というので、貰ったのは、小さな賞だったんですが」

「でも、それはやる気になりますよね」

「そうなんです。それで卒業してからは、同級生の杉山ひこひことかとルームシェアしつつ、その家の中で撮れるものを作ろうということになりました。金を貯めて撮るというよりも、お金が無くてもできることを撮り続けようと」

「なるほど」

「そしたら、それを劇場でやらないかということになって、池袋のシネマロサで上映してくれました。それからです、なんだか自信を持てるようになってきたのは。それで映画を作り続けながら、四谷のイーグルというジャズ喫茶で働いてました。昼は清掃のバイトをしたり、そのあとは本の露天商をやってました」

「本の露天?」

「倒産した、本屋の新古本とか売るんです」

「駅の地下とか、本の市で売ってる?」

「そうです」

「じゃあ、バイトを掛け持ちしながら映画を撮ってたんですね」

「そうです。それで、30歳くらいの時に長い映画を撮るようになったんですけど、それまでは、シネマロサでやってくれるだろうと、そこで満足してたんですけど」

「それで最初の劇場作品を」

「『パビリオン山椒魚』です」

「あの映画は、宣伝とかも結構大々的でしたよね、出演者も豪華だし」

「そう、いま考えると、あれが一番大々的でした」

それから、数々の劇場映画を撮り、今回の、『素敵なダイナマイトスキャンダル』になっていきます。

「『素敵なダイナマイトスキャンダル』は30歳を過ぎたくらいに読んだんです。それまで末井さんは、『パチンコ必勝ガイド』のCMで女装してるタレントだと思ってたくらいでした。お母さんが浮気相手とダイナマイト心中とか、グラフィックデザイナー志望で風俗の看板描いてたとか、エロ雑誌の編集者になってとか。末井さんのことをパチンコ業界のタレントだと思っていたのを恥じて、これをぜひ映画で観たいと思ったんです」

「なるほど」

「末井さんも岡山の田舎から都会に出たいと思っていたとか、それで都会に出てみたものの自意識が強かったりして」

「冨永さん自身にも繋がるところがあった」

「はい、だから誰が読んでも共感できると思ったんです。でもすぐに映画で撮れるとは思ってなかったから、結局、10年くらいかかってます。と言いつつも自分で思っているだけの時期から徐々に進んでいって、他の映画を作りながら、近づくチャンスを伺って、それで2012年に、末井さんに直接話したんです」

「あのときだ」

「そうです」

あのとき、というのは、わたしと末井さんが参加していたトークショーのとき。あれからさらに6年、『素敵なダイナマイトスキャンダル』の映画ができました。

映画の主演、末井昭さんの役は、柄本佑さんが見事に演じております。

そして、現在から思うと、規制は厳しかったけれど、おおらかな時代だったと思える昭和の雰囲気が画面に流れていて、ヘンテコな人もたくさん出て来ます。

しかし決してノスタルジックにはならず、今がソコにある映画。是非とも観に行ってください。

さらに冨永監督が、なんとしてでも田舎から脱出しようと思っていた、熱を感じることもできると思います。



冨永昌敬 1975年愛媛県生まれ。日本大学藝術学部映画学科卒業制作『ドルメン』が2000年のオーバーハウゼン国際短編映画祭審査員奨励賞を受賞。06年『パビリオン山椒魚』にて映画デビュー、最新作は『素敵なダイナマイトスキャンダル』

戌井昭人 1971年東京生まれ 作家、パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」の旗揚げに参加、脚本を担当。『鮒のためいき』で小説家デビュー、2013年『すっぽん心中』で第四十回川端康成文学賞、16年『のろい男 俳優・亀岡拓次』で第三十八回野間文芸新人賞を受賞。最新刊は『ゼンマイ』


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