SWITCH INTERVIEW ――冨永昌敬「ダイナマイト心中」 ~前編~ 2page

写真・浅田政志

「決定的だったのは平成の大合併です。ぼくの住んでいた所は、隣の内子町に入れてもらったんですけど、向こうは立派な町なんで、うちの方の客商売は全滅です。役場とか農協の人の飲み会は、そっちの方に流れていっちゃったんです」

「じゃあ、お遍路さんくらい」

「お遍路さんは、ちょいちょいブームがあるんですね。それで若い人が、よく郵便局の駐車場で寝てたりしてるんですけど、そうすると父が『うち空いてるから泊まっていいよ』とタダで泊まらせたりしてました」

「お父さん優しい」

「それで、泊まってる人たちが風呂に行くルートの廊下があって、その途中に俺の部屋があったんですよ」

「覗かれたり?」

「覗かれはしなかったけど、客の声とか聞こえてきて」

「夜の営みとか」

「いや、それはなかった。うちの旅館では、営む気になんかならなかったと思いますよ」

「どうして」

「まったく風情がない、本当に飯場みたいな宿だったので、それよりも喧嘩の声とか聞こえてきました。道路工事のおっさん同士の喧嘩で、仲間外れにされたおじさんが所在無く廊下で立っていたりすると、父が仲裁してました」

「優しいですねお父さん」

「まあ廊下で寝られたりしても困るからなんだろうけど」

なんだか自分としては、しっくりこないと感じていた環境で育った冨永さん、中学生になります。

「地元に劇場はないし、民放も二局しか映らなかったんで、中学のときに衛星放送が開局するまでは、あんまり映画を見ていなかったですね。録画できるのがスナックに置いてた小さいテレビデオしかなくて、営業が終わった深夜、客が食い散らかしたツマミとか食いながら、カウンターに座って観てました」

絵になるような、映画になるような光景ですが、当時の冨永さんは、それも嫌でしょうがなかった。

「部活は?」

「野球でした」

「まじめにやってましたか?」

「頑張ってたつもりなんですけど。そのくらいから、部活を頑張ってもなと思ってました。それよりも地元を出たかった。それで、勉強出来る子供は地元を出て、松山市内の高校に通って寮に入ったりするんですよ」

「じゃあ勉強を頑張ろうと」

「はい。それで高校は、松山の高校に行くことになるんです」

「良かったですね。寮ですか」

「母の実家が松山にあったので、そこに下宿して学校に通いました。でも誤算だったのが、母の実家は土建屋なので、やっぱりいつも他人がいるんです。大工とか鳶とか、多感な時期の男子にはリアルすぎる人々ですよね。実家にいたときとほぼ同じですよ。自分の部屋は事務所の2階で、住み込みの職人さんが使ってた部屋でした」

これまた、なんともいえない環境です。

「でも、一応、地元を脱出できたから」

「いや、恥ずかしい話なんですが、進学した高校は、1年持たなかったんです」

「せっかく勉強して入学した松山の生活なのに」

「はい」

「どうしてですか?」

「人間関係で失敗しました」

「なにがあったんですか?」

「つるんでた連中がちょっと不良っぽいやつらで、馴染もうと努力したんですけど、もともと山奥で平穏に生きてきた人間なので、だんだん距離を置くようになったんです」

「それでシメられた」

「だから一学期だけ最高に楽しくて、二学期からイジメられるようになって、三学期はほぼ登校拒否でした。そのときのクラスメイトだった女子と、年末に久しぶりに会ったんですけど、やっぱり傍目にも挙動不審だったみたいです。で、結局2年生から地元の高校に転校しました」

「また実家ですか?」

「そうなんです。地元の高校は200人しか生徒がいなくて、規則で全員運動部に入らなきゃいけないからソフトボール部に」

「都会に出たつもりが、また田舎に戻ってしまった」

「はい、恥ずかしかったですね」

「それでもやはり地元を出たい気持ちはあるんですよね」

「そうです。でも、その高校は大学進学する人が少なくて、ほぼ商業高校みたいなものでした。だから大学進学というリアリティがないんです。自分の偏差値もよくわかってないくらいで」

「でも、地元は出なくてはならない」

「なんとなく京都に行きたかったんですけど、関西は四国の人がいっぱいいるから、知ってる人に会っちゃうような気がして、東京の大学を受験しました」

「そのとき日大の芸術は受けたんですか?」(冨永さんは日大芸術学部の映画学科卒業)

「いや、そのときは受けてないんです、映画の世界に行こうなんて思ってもいなかったから」

「そうなんですか」

「ある大学に入学したんですけど、せっかく東京に出たのに校舎がすごい山奥にあって」

「都会じゃなかった」

「そのショックが強烈で、なんで自分がそこにいるのかわからなくなって、それからはバイトしながら仮面浪人ですね」

「そのとき住んでいたのは?」

「立川です。で、その浪人時代に、レンタルビデオでまた映画を観るようになったんです」

後編へ続く

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