SWITCH INTERVIEW ―― 優河「抹茶、オレオクッキー、ラズベリー」 ~前編~ 2page

自分が吉祥寺で思い浮かべるのは、いせや(焼鳥屋)なので、その話を優河さんにすると。

「そうだ。公園のいせやの下の、ドナテロウズっていう喫茶店でアイスを売ってて」

ちなみにいせやは、井の頭公園の入り口のところと、バス通りのところ二軒があります

「あそこでアイスをたべるのが好きでした。三種類選んで、最後に混ぜたら一番美味しいのは何だろうと、兄妹三人で研究してました」

「研究結果は」

「抹茶、オレオクッキー、ラズベリーかな」

「それを最後に混ぜるんですよね」

「そうです」

「全部、主張がありそうな味ですが」

「でも美味しかった」

「あのお店はもう無くなってしまいましたよね」

「はい。一番良い喫茶店だったのに」

「他に吉祥寺で食事するところは?」

「近所の焼肉屋さんとかイタリアン。そこには、誕生日のときなんかに行ってました」

「そんなこんなで、吉祥寺をうろつきながら、お育ちになって」

「でも小学校のときに、うろつくのは公園くらいでしたよ」

「そうか、じゃあ中学に入って、少し範囲を広げて吉祥寺をうろつく」

「そうですね」

「中学のとき、部活とかは?」

「器械体操です」

「どうして器械体操だったんですか?」

「小学生の終わりくらいから、器械体操の面白さに目覚めて。それで、中学もやったんだけど、すぐにやめてしまいました」

「オリンピックに影響されたとか?」

「いえ。スポーツ全般は苦手で、苦手意識もすごかった。でもマット運動だけできたんです。バク転とか。それが嬉しくて」

「バク転ってすごいですよね」

「最初は側転、そこから、足をつけて下りるというのがあって、次にハンドスプリングになって、そういうのを徐々にやってたら、バク転になったんです」

「それは学校の授業?」

「そうなんです。バク転はギリギリ、補助ありでできたんですけど」

「いまバク転は?」

「できません」

「体が柔らかいんですね」

「でも、いまは硬い。当時はブームみたいな感じで、友達同士で頑張る感じでやってたんです。わたしは中の下でしたけど」

「部活をやめてからは?」

「それからは、ずっと遊んでました」

「どんな遊び?」

「ゲーセン、デパートの屋上とか、あとはカラオケです」

「ゲーセンではなにをしてたんですか?」

「プリクラです。あと先輩と一緒にお茶をしたりしてました」

「どこでお茶を?」

「ココスとか、マクドナルド」

「そこで駄弁ってるんですか」

「そうです」

このように、まだ音楽に行き着く感じはないのですが、優河さんは、中学のときに友達とバンドを組んだそうです。

「当時はガールズバンドが流行ってて、友達とやろうとなって」

「どんな音楽?」

「アヴリル・ラヴィーンとかグリーン・デイとか」

「楽器は、なにを担当してたんですか?」

「ベースです。そのとき初めてベースをやりました」

「どうしてベース担当に?」

「男の先輩がバンドをやってて、それぞれ好きな先輩と同じ楽器にしようということで、わたしはベースになりました。でもチューニングの仕方もわからない感じだった」

「発表とかライブは?」

「学校のバザーでやったんですけど。持ち曲が少なくて、『優河、一曲歌いなよ』となって、そのとき初めて人前で歌ったんです。それを母が見てたんです。体育館でやってたんですけど、最初はまわりがガチャガチャ騒がしかったけど、母が言うには、わたしが歌いだしたら、その場がシーンとなったらしくて」

「凄い」

「それで母が何かを感じたらしく、高校に入ったら、ボイストレーニングをはじめてみたらと言われたんです」

「そのときなにを歌ったの?」

「AIさんの『Story』って曲です」

「アカペラで?」

「ピアノの伴奏で」

「ピアノは誰が弾いてくれたの」

「鎖骨にヒビ入れてくれた友達が」

「鎖骨の子は、ずっと仲良しだったんですね」

「そうなんです」

「鎖骨の子、お名前は?」

「山本さんです。音楽もそうですし、彼女には、いろいろ教えてもらいました」

「K-1も」

「彼女は、お兄ちゃんがいて、そのお兄ちゃんから影響受けていたんですね」



後編へ続く

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