SWITCH INTERVIEW ―― ユースケ・サンタマリア「一年坊主、二年角刈り、三年自由」 〜前編〜 2page

写真・浅田政志


「僕ね、いまは海が苦手で、行くのも嫌なんです」

「そうなんですか」

「テトラポッドのフジツボとか気持ち悪くてね。歳をとるにつれ、いろんなことが大丈夫になっていくと思ってたら、自分は歳をとるにつれ、いろんなもんがダメになっていくんです。いまは温泉とかも気持ち悪い」

「温泉も」

「あの湯船、底を洗うとかないじゃないですか。僕は大分出身だから、近くに温泉たくさんあったんですが」

「温泉だらけですよね」

「でもね。素っ裸で男同士で入るのとかも嫌です。当時は入ってたけど。でも楽ですよ。海とか南の島に行きたいとも思わないし、温泉も行きたいと思わないし。大人になったら大概のことがOKになるのかと思ったら、狭くなっちゃった。海外旅行も大嫌い。移動とか駄目です。新幹線で大阪行くのも、クタクタに疲れます。車の移動も駄目になってきました」

なんだか、わかるようなわからないような。しかし、狭くなったそこにユニークさが生まれてくるようにも思えてきました。

「高校のころは、そういう状態ではなかったんですよね?」

「普通でした。ただ学校が嫌いだった。卒業式のときは『やったー!』って思いましたもん」

「部活は?」

「中学は軟式テニス部です。でもあんなの大人になってやらないですよね。僕は坊主にしたくなかった。野球部やサッカー部は坊主にさせられてたから。テニスなら軽い長髪みたいなイメージがあるじゃないですか」

「そうですね」

「でも入ってみたら、一年坊主、二年坊主、三年自由。仕方ないから坊主にしたけど、我ながら坊主が似合ってなくて、当時は、吉川晃司さん、デュラン・デュラン、チェッカーズが全盛、それで髪の毛を伸ばしたくて辞めました。僕、いまでも、よっぽどこの役やりたいと思わないかぎり、坊主役は断ります。逆に髪型なんかどうだって良いって俳優さんは凄いと思います。戦争ものの映画とかだと、坊主にしてくれってなるでしょ、俺はやりたくないです」

「あれま」

「だから自分で、いまだに役者だって名乗れないのは、そんな覚悟がないからなんです」

けれども、役者としても、いい味出しているユースケさんであります。逆に、絶対坊主にならないという覚悟が、いい味になっているのかもしれません。

「でもって小学六年の時にプチ引っ越しをして学区が変わったんだけど、僕は小学校を変えなかったんです。遠かったけれど通っていて。それで中学になって、その学区の学校に通うことになるんだけど、最初は友達がいなくて」

「小学校から一緒に中学になる友達がいなかった」

「そうです。その学校は不良校で『スクール・ウォーズ』みたいだったんです」

「卒業式で、不良が暴れたり」

「くわえ煙草で将棋指してたり」

「凄まじいですね」

「時代性もあって、不良が流行ってた。でね、学校に一回ワイドショーが来たんです。いつもバッドを持ってた体育の先生がいて、その先生が唯一不良に怒ることができたんです。でも持ってるバットは殴るんじゃなくて、素振りする体力づくりのためだったんです。そこをね、不良がワイドショーに売り込んだんです。『暴力教師がいる』って。それでワイドショーが来て、レポーターが『あなた暴力振るってるんでしょ』って、バッド持っているのを隠し撮りして、それがオンエアされて。まあ、ひどい学校だったんです」

時代もあったかもしれませんが、これは悪質であります。


後編へ続く

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