『恐竜たちがいるところ 詩はどこから来るの?』 谷川俊太郎×下田昌克 特別対談 PART1

PHOTOGRAPHY: IKEDA MASANORI,TADA

恐竜たちがいるところ
詩はどこから来るの?

対談 谷川俊太郎 + 下田昌克


 画家の下田昌克さんと詩人の谷川俊太郎さんが紡ぎ出した一冊、『恐竜がいた』が発売になりました。
恐竜に大いなるロマンを感じキャンバス生地で恐竜をつくり続ける画家・下田昌克さん。「ぼくは下田くんの作る恐竜に興味がある」そう言い切る詩人・谷川俊太郎さんの詩に励まされ、下田さんは次から次へと恐竜制作に勤しんできました。そんなお二人の創作の秘話とは?


PART1


最初はことわられた

 連載のきっかけはモーリス・センダックの「かいじゅうたちがいるところ」だった。怪獣ならぬ、「恐竜たちのいるところ」。写真も人や風景だけではなく、オブジェとして恐竜の世界を受け止めることからページの構成がはじまった。


下田 谷川さん、スイッチの連載「恐竜がいた」を最初は固辞されましたね。

谷川 そうね、恐竜に合わせて書くのは「恐竜人間」で終わったと思ったんです。これ以上は退屈してしまって、書くのが難しいんです。

下田 だから、谷川さんからリレー方式で次々に書き手が変わるという方法も提案された。ぼくが谷川さんだけというと、「夫婦ではないんだから」と谷川さんに言われました。「恐竜人間」の連載もだんだん回を重ねるごとに苦しくなって、いい形で終われたと正直思ったんです、と。

谷川 下田さんが作った恐竜が面白いという事実がまず前提にありました。面白い発想、面白い素材、そのまま進んでいけばいいと思っているんです。にもかかわらずぼくの詩作への感情は違う。

飽きるという感覚が年齢のせいか早くなっていることもあって、これ以上書き進めるのはどうも……。飽きると自分の詩の質が落ちているのが目に見えてくる。だんだんリズム重視になって想像力が広がらなくなっている。


 そこで谷川さんは考えた。一つだけアイデアが生まれた。
 恐竜以前、何もない世界で何ができるか、もしくは以後の世界、自分が恐竜を発掘するような感じならどうか、後者ならその行為を考えて四行から五行の詩ならできる。事が短いのがいい。自分が恐竜に出会う時。

 下田昌克恐竜制作、谷川俊太郎詩、写真は藤代冥砂による雑誌連載は一冊の写真集『恐竜人間』として昨年刊行、展覧会『大恐竜人間博』も大盛況だった。

 作って、撮って、書く。三人が生んだ恐竜たち。三人の恐竜への果てなき憧憬と好奇心にワクワクした。その後のスイッチの連載はライフワークとしてキャンバスで恐竜を作り続ける下田昌克さんの熱心な働きかけがあってこその企画だ。しかし詩というかたちで、いのちを授けた詩人・谷川俊太郎さんの参加がなくては実現は難しいと下田さんは思っていた。

オトナもコドモもわくわくドキドキ。みんなの夢と憧れを乗せた一大恐竜スペクタクルの第二幕は沖縄を舞台にした写真ではなくオブジェとして撮影をして、その写真に手描きのイラストを乗せることで恐竜たちに息吹を与える。黒バックで恐竜を肖像写真のように撮る。そのアイデアは池田さん、たださんの“ゆかい”チームの発案だった。あたたかな家族写真を撮るように恐竜を撮る。




持っていた恐竜

谷川 ぼくが持っている恐竜、知っている?

下田 なんで小出しにするかな?

谷川 え、忘れてるんだよ。


 ある日、谷川さんは「どこで買ったのか、よく覚えていないけれど、たぶん中国かな」と言いながら、下田さんに恐竜の形のマグネットを見せた。掌サイズのシッポが割れた小さな木製のものだった。下田くんが「なぜこんなもの買ったの?」と問うと、「旅先で民芸品などの面白いものを買い求めるのが好きなんです」と、谷川さんは笑った。「どこかに止めておいたら落っこちて割れちゃった。粗悪品」


 マグネットの恐竜の顔を眺めるとなるほど目が悪い顔をしている。

「ぼく、正直言うと恐竜には全く興味がないんです」

 谷川さんの爆弾発言で下田さんはのけぞるように椅子から転げ落ちた。けっして紋切り型の表現ではなく、下田さんはくずれ落ちた。

「衝撃的な言葉です。頭真っ白になりました」

「最初からそう言ってるよ」谷川さんはそのリアクションは不思議だといわんばかりに反論を加えた。

「恐竜がいた」の連載は全二十回、二年近く。『恐竜人間』からは四年以上になる。

「ですから、ぼくは恐竜ではなく下田さんの制作物に興味があるんだ」と谷川さんは言う。


つづく



『恐竜がいた』
詩:谷川俊太郎 絵:下田昌克

悠久の時間旅行へーー
全20回にわたる雑誌『SWITCH』での連載が、待望の書籍化!

本の詳細はこちら



『恐竜がいた』展
谷川俊太郎(詩人)+下田昌克(イラストレーター)
池田晶紀(写真家)+ただ(写真家)


SWITCHで全20回の連載をした、詩人・谷川俊太郎さんと画家・下田昌克さんによる「恐竜がいた」。この度、本連載の待望の書籍化を記念して、ほぼ日刊イトイ新聞さん運営のTOBICHI2にて「恐竜がいた」展を開催します。

原画をはじめ、谷川さんの詩、下田さん作のキャンパス生地で作られた迫力ある恐竜たちを展示します。
会期中にはゆかいプロデュースによる「なりきりパシャり!勝手に撮れる写真館」や、谷川さん・下田さん・糸井重里さんによるトークイベントも開催。 下田さんのアトリエスペースもご自身と共にTOBCHI2に出張してきます。

会期中、TOBICHI2では新刊をはじめ、「SWITCH」バックナンバー、恐竜グッズなどの販売も行います。みなさまのご来場、お待ちしております。


<会期>
9月22日(木・祝)〜10月2日(日)
11:00〜19:00
入場無料


【なりきりパシャり!勝手に撮れる写真館】
produced by ゆかい
会場には下田さん作品の恐竜を身につけて
自由に写真を撮っていただけるコーナーを設けます。
「ゆかい」のみなさんによるプロデュースで、撮影現場を再現。
下田さんの直筆イラストも効果的にセッティングし、
本から飛び出したようなショットが撮れるかも。
ご自身のカメラや携帯でご自由に撮影いただけます。
撮った写真はご自由にSNSなどにアップしていただけます。
できれば黒いTシャツでのご来場がおすすめです。
*じっさいに身につけていただける恐竜は会場内で指定があるものに限ります。


【谷川俊太郎+下田昌克+糸井重里トークイベント】
10月1日(土)18:00〜
募集開始は9月中旬より、ほぼ日刊イトイ新聞にて。
抽選で当選された方をご招待します。

<会場>
TOBICHI2
東京都港区南青山4-28-26

<問い合わせ先>
tobichi@1101.com


<プロフィール>
谷川俊太郎(たにかわ・しゅんたろう)
1931年東京都生まれ。52年詩集『二十億光年の孤独』でデビュー、作詞、絵本、翻訳、映画脚本と幅広いジャンルで活躍し、82年『日々の地図』で読売文学賞受賞、10年『トロムソコラージュ』で鮎川信夫賞受賞他、受賞も多数。下田昌克とはアラスカで出会い、クリンギットインディアン、ボブ・サムの絵本をはじめ、いくつものコラボ作品を発表し続けている。

下田昌克(しもだ・まさかつ)
1967年兵庫県生まれ。イラストレーター、世界を旅行しながら出会った人々の肖像画を描き続け、日本に持ち帰った絵で週刊誌での連載を開始した。現在東京新聞、週刊文春と連載多数。おもな著作は『ヒマラヤの下 インドの上』『くじらの歌』など多数。

池田晶紀(いけだ・まさのり)
1978年神奈川県生まれ。写真家。株式会社ゆかい代表。雑誌、広告、CDジャケットなど幅広く活躍。さらに、水草プロレイアウター、シェアリングネイチャー指導員、かみふらの親善大使、FSC(フィンランドサウナクラブ)会員、サウナ・スパ健康アドバイザーなどの活動も行なっている。

ただ
1981年神奈川県横須賀市生まれ。写真家。2007年写真家・池田晶紀率いる「ゆかい」に所属。主にポートレイト写真から物撮りまで、書籍、雑誌、広告、CDジャケットWebなどの分野で幅広く活躍している。また近年は、スチールだけではなく映像のカメラマンとしても活動を開始。

糸井重里(いとい・しげさと)
1948年群馬県生まれ。コピーライター。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。広告、作詞、文筆、ゲーム制作など多彩な分野で活躍。著書に『ぼくの好きなコロッケ。』『ボールのようなことば。』『さよならペンギン』(湯村輝彦との共著)『夢で会いましょう』(村上春樹との共著)『黄昏』(南伸坊との共著)など多数。




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